医療サービスの価値によって自己負担割合が変わる医療保険「バリュー・ベイスド・医療保険(VBID)」

アメリカでは近年、「バリューベイスド・医療保険」(VBID; Value-Based Insurance Design) という医療保険のデザインが注目を集めています。今回は2010年にHealth Affairs誌に掲載されたVBIDに関する総説を元にご説明いたします。

VBIDとは?

VBIDはミシガン大学の一般内科医師であるマーク・フェンドリック教授らによって2000年代初頭に広められた概念です。VBIDは、医療サービスの価値(Value)によって自己負担割合=Coinsurance rate (日本の非高齢者であれば、30%の医療の自己負担額の割合のこと)を上げたり、下げたりする特徴を有した医療保険のことを指します。例えば科学的根拠(エビデンス)に基づいている医療サービスのように,価値の高いと考えられる医療サービスに関しては自己負担割合を低めにして、一方で、価値がそれほど高いとは考えられないけれども患者さんが希望する医療サービスに関しては自己負担割合を高めにします。ミシガン大学は、ベネフィットに基づいた自己負担モデル(”Benefit-based copayment model”)という名前で2001年にVBIDを導入しました。アメリカの医療保険会社の多くはVBIDを取り入れていませんが、2007~2008年に行われた研究によると81%の保険会社が導入を検討していました。

なぜVBIDが必要なのか?

1970~1980年代に行われた医療保険を用いたランダム化比較試験(RCT)であるランド医療保険実験(RAND Health Insurance Experiment)において、一般に医療サービスの自己負担割合を増やすと、患者さんの健康状態に悪影響を与えずに、消費される医療サービスの量が減り、医療費抑制に有効であることが分かりました(一方で、健康状態が悪く、貧困である6%の人達においては、健康状態に悪影響を与えることが判明しました)。しかしながら、残念なことに、医療サービスに対する自己負担割合を上げると、患者さんは価値の高い医療サービスも、価値の低い医療サービスも一様に消費(需要)を減らすことも分かりました。必要以上の医療サービスの消費であるモラル・ハザードを防ぐためには(少なくとも貧困者以外には)ある程度の自己負担を求めた方が良いと分かったものの、良いサービスも悪いサービスも一律に控えてしまうというのはあまり好ましいことではありません。そこで出てきた概念がVBIDで、科学的根拠に基づていて価値が高いと考えられている医療サービスに関しては自己負担割合を低めにして、受療を促進ようというコンセプトです。今現在アメリカで存在しているVBIDは自己負担割合を下げる方のデザインしか存在していませんが、セオリーとしては逆方向の動機付けもあり得ます。つまり、価値があまり高くないサービスでは自己負担割合を高めに設定してサービスの需要を抑制しようというデザインも(あまり人気はないかもしれませんが)ありえるデザインです。

2種類のVBID

VBIDには、(1) 患者さんの疾患や特徴に係わらず価値の高いサービスの自己負担割合を一律に低く設定するデザインと、(2) 患者さんの疾患や特徴によってターゲットを絞って低い自己負担割合を設定するデザイン、の2種類あります。例えば、前者のデザインであればβブロッカー(心筋梗塞後の患者さんが服用すると予後が良くなることが証明されている薬です)を処方される場合には、患者さんに心筋梗塞の既往があろうがなかろうが、一律して自己負担割合が低くなります。一方で、後者であれば心筋梗塞の患者さんだけに限ってβブロッカーの処方料や薬代の自己負担割合が低くなり、例えば心筋梗塞の既往のない高血圧の患者さんは通常通りの自己負担割合を支払う必要があります。もちろん後者のデザインの方がより大きなメリットが期待できるのですが、データの管理やターゲット集団の同定など高度なデータ処理が必要とされ、システムの導入コストも高くなってしまいます。アメリカで前者のアプローチを使っている例として、Pitney Bowes (Stanford, Connecticut) やActiveHealth Managementという組織があります。後者のアプローチの例としては、前述のミシガン大学やノースカロライナのAsheville Projectがあります。

VBIDのエビデンス(科学的根拠)

VBIDがどれくらい有効かに関するエビデンスはそれほど強くありません。VBIDを評価した研究は複数ありますが、残念ながら質がそれほど高くなく、信頼できるエビデンスとは言えません。現在、アメリカではじめての質の高い実証研究(実験)が行われています。このPost-MI FREEE trialは、心筋梗塞後の患者さんを薬代の自己負担をゼロにした群と通常の自己負担割合の群とに割り付けたランダム化比較試験(RCT)であり、アウトカムとしては健康アウトカム(再入院、死亡)、薬剤への順守率(薬をきちんと指示されたとおりに受け取り服用している人の割合)、コストなどを評価しています。この研究の結果で患者さんの健康アウトカムへのメリットが認められれば、VBIDはより強いエビデンスを持ったデザインということになります。研究結果が明らかになるのが楽しみです。

VBIDの日本の医療システムへの示唆

VBIDは日本でも導入することができ、きちんとデザインされていればメリットも大きいデザインだと思われます。日本の診療報酬制度は医療サービスの価格を設定しているのですが、価格には二面性があることが問題を複雑にしています。ある医療サービスの消費を抑制しようとして価格を下げると、病院やクリニックは利幅が少なくなるのでサービスを提供量を少なくするインセンティブが働きますが、一方で、患者さん側から見れば自己負担額も安くなるので需要が高くなっていまう可能性があります。例えば、日本では紹介状を持たずに大病院を受診すると初診料がかかります。これは患者さんにとってはお金がかかるので受療抑制の効果が見込まれますが、病院サイドから見ると収益が増えるという逆方向のインセンティブが生じます。一方で、VBIDでは病院サイドと患者サイドの片方だけにインセンティブを与えることが可能です。日本でも、エビデンスに基づいた医療や費用対効果が高いことが科学的に証明されている医療サービスに関しては、自己負担割合を現行の1~3割からもっと低くすると言う制度も検討しても良いのかもしれません。逆に、普通の風邪に対する抗生剤や、医学的に必要のない高額な検査(CT、MRIなど)の自己負担割合はもっと高くしても良いかもしれません。この場合、Post-MI FREEE trialがやっているような科学的なインパクト評価が必要となるので、政府が大学などのアカデミアとコラボレーションしてエビデンスを作りながら、一番効果的なデザインを採用していくというアプローチが好ましいと思います。

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