医療経済学に関してはお話してきましたが、医療システム(Health system)全体の話と、医療経済学に関する用語の使い方、医療機関への支払い方式に関してご説明していなかったのでお話しします。
Financing(医療財源)とPayment(医療機関への支払い)
医療に必要なお金を集めるプロセスのことをFinancing(医療財源、資金調達)と呼び、その集めたお金を医療機関に渡すことで医療サービスに変えるプロセスのことをPayment(医療機関への支払い)と呼びます。この2つをきちんと分けて考えるだけで、医療に関するお金の流れに対する理解度がアップすると思います。Financingの方法には、税金や保険料があります。日本、ドイツ、フランスのように保険料を主な財源として、不足分を税金で補っているシステムもあれば、英国やカナダのように税金のみを財源としている国もあります。原則として、保険料を財源とする社会保険制度では、保険料は払った人が給付を受ける権利(Entitlement)を得られますが保険料を支払っていない人は医療サービスを受けることができないのに対して、税金を主とするシステムでは誰もが給付を受けることができるのでこの”権利(Entitlement)”が存在していません。保険料の支払いという行動と医療サービスを受けることがリンクしているのが社会保険制度で、この2つがリンクしていないのが税金を財源とする国営のシステムだととらえることもできます。国際保健(Global health)の領域では最近、国民皆保険制度(UHC; Universal health coverage)が注目を集めていますが、少なくとも皆保険を達成するに当たっては、保険料と税金を区別することはあまり重要ではないと考えている専門家(WHOのジョセフ・カッツンなど)が多いようです。保険料 vs. 税金という二項対立ではなく、大きなくくりで“医療財源”であるととらえる方が良いのかもしれません。
医療システムを構成するプレーヤーたち
医療システムを構成する主なプレーヤーを下図に示します。医療システムのプレーヤーは大きく分けて患者さん(Patient)、保険者(Payer/Insurer)、医療提供者(Provider)の3つのPによる三角形の構造によって成り立っていると考えることができます。先進国の多くでは医療保険に税金が投入されているため、この三角形に政府(Government)を加えることでより正確に表現できます。保険者とは保険料を徴収して医療機関に給付する組織のことで、日本だと健康保険組合や国民健康保険のことを指します。この図を見ると、保険料も税金も共に、医療財源という大きなプールに投入され、その後、再分配されているのが分かって頂けると思います。社会保険も税金も社会において、①富める者から貧しい者に、そして②健康な人から病気の人に、再分配(Redistribution)をすることが目的の一つですので、ある程度平等な形でみんながこのプールにお金を投入するということが必要になります。ちなみに、医療経済学者のキャサリン・ベイカー教授によると、公的医療保険(Public health insurance)にはこの富の再分配効果がありますが、私的(民間)医療保険(Private health insurance)にはほとんどないということですが、正確には、保険プラン間での再分配(cross-subsidization)やリスク補正(risk-adjustment)を組み合わせることで、民間医療保険にも富の再分配効果を持たせることができます。アメリカのオバマ大統領による新しい医療制度や、オランダの医療保険システムがこの方法になります。
医療機関への支払い制度(Provider payment mechanisms)
医療機関への支払い制度のことをProvider payment mechanisms(PPM)などと呼びますが、これはどんどん複雑になってきていますので次の図を用いてもう少し詳しくご説明いたします。歴史的に全ての国で医療は出来高払い制度(Fee-for-service)で支払われてきました。日本の外来の診療報酬制度はこの仕組みをとっていますが、医療サービス一回あたりいくらという形で医療機関にお金が支払われる仕組みです。これの一番の問題点は、お金が「質」ではなくて「量」に対して支払われているということです。医療サービスを提供すればするほど医療機関の収入が増えるようにできているのです。これは医療機関に、より多量の医療サービスを提供するようにという間違ったインセンティブを与えてしまいます。ちなみにこの仕組みでは、最適な量よりも多くなってしまった医療サービスに対する経済的なリスクを医療機関は負わずに、保険者が負うことになります。どういうことかと言うと、必要以上の医療サービスが提供されても医療機関は損をすることなく(むしろ収入が増えます)、損をするのは保険者(健康保険組合・国民健康保険)です。上の図でも示した通り、健康保険組合・国民健康保険が使った医療費は保険料と税金を通じて全て国民に返ってきますので、結局は国民がみんなで支払っていると言うことになります。この質ではなくて量に対して支払う出来高払い制度は問題があるは問題だということで出てきたのが、包括支払い方式(Bundled payment)や人頭払い方式(Capitation/Global payment)になります。この図では右に行けばいくほど多くの経済的リスクを医療機関が負う(そして保険者の経済的リスクは小さくなります)ということを示しています。多くの先進国では、どんどんと右側の支払い方式に移ってきており、入院診療に関してはエピソード毎の支払い方式(Per episode payment)、外来診療に関しては人頭支払い方式というのが主流になってきています(もしくは政府がそちらの方向に移行させようとしています)。
これら包括支払い方式や人頭払い方式は、医療費削減を目的としていると言うことで、多くの国で医療者から強い反発を受けています。しかしここで注意しなくてはならないのは、支払い制度は、必ずしも医療費抑制と一対一で結び付けることができないと言うことです。包括支払い方式の支払い額の設定が十分高ければ、医療機関の経済状態を圧迫することなく、インセンティブを「より多い量の医療サービスを提供すること」から「より少ない量の医療サービスを提供すること」に変えることができます。もちろん医療サービスの量が少なければ良いということではありませんが、少なくとも予防医療を提供するインセンティブは働きますし(出来高払い制度の下では、予防医療を十分に提供して地域住民が病気にならなくなってしまうと医療機関は治療に関わる収入が得られなくなるというジレンマがあります)、少ない外来受診回数で同じ健康上のアウトカムを達成するなどの効率的な医療提供を推進することにもなります。アメリカでは医療の価格を政府が設定してないので、出来高払いは医療費のコントロールができないのに対して、包括支払い方式ではある程度コントロールできるという点において、包括支払い制度の導入は医療費抑制の意味合いが強いのが現実です。しかし、日本においては診療報酬制度の下で医療サービスの単価を下げることで、出来高払いでも医療費のコントロールができます(そして歴史的そのようにしてきています)。ただし出来高払い制度のままで医療費抑制を行うと、医療サービスの量が多いままになってしまいます。日本の外来受診の頻度はアメリカのおよそ3倍で、入院期間も3倍です。諸外国のデータを見ると、これらがもっと少なくてもおそらく同じ質の医療サービスが提供できると考えられます。もし将来日本で人頭支払い方式が導入されたとしても、それなりに高い設定額を維持することができれば(もちろんそれなりに高い設定額が維持できるという保証はありませんが・・・)、医療機関は収入を大きく減らすことなく、不必要な医療サービスを減らし、もっと予防医療や効率的な医療に専念することができるようになるのかもしれません。
今、日本の医療の事を書いているのですが、このblogが最も分かり易くて、私のような素人には助かりました。ありがとうございました。
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Kaori様、コメントありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
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