医療費の水準(Level)よりも、医療費増加率(Growth rate)の方が重要である

多くの医療経済学者が最近は、医療費の増加率(Health spending growth)の方が、医療費の水準(Health spending level)よりも重要な指標であると考えているようです。ハーバード大学医学部の医療経済学者であるマイケル・チャーニュー教授はこの分野で多くの論文教科書のチャプターを書いています。彼によると、医療費の水準は今現在のサイズ感は分かりますが、中長期的な展望は分からず、医療費の「自然増」が大きいのか小さいのかという評価が困難です。さらには増加率は例え小さな差であっても長期的にはとても大きなインパクトを与えるのため重要であるということです。今現在の医療費の水準が低くても増加率の高い国は近い将来、医療費負担に苦しむことになると考えられます。一方で、今現在の医療費の水準が高くても、増加率が低く抑えられている国はうまくコントロールされていると捉えることができます。

アメリカの医療経済学の世界ではしばしば「GDP+1%」、「GDP+2.5%」といったような表現をします。これはどういうことかというと、国民一人当たりのGDPの成長率と、国民一人当たりの医療費の増加率の差分を表しています。GDPとは国内総生産(Gross Domestic Product)の略で、日本国内で一年間に新しく生み出された生産物やサービスの金額の総和のことですが、これは各企業の売り上げになり、そしてめぐりめぐって国民の収入になります。よって、国民一人当たりのGDPは、国民の平均収入であると捉えることができます。この国民一人あたりの収入と、国民一人当たりの医療費負担を比較しているのが、この「GDP成長率と医療費増加率の差」になります。アメリカでは歴史的に「GDP+2.5%」、つまりGDP成長率と比べて医療費の増加率は2.5%高い値をとってきました。アメリカの総医療費(この場合は水準Levelの話です)は1970年代後半まで他の先進国と同じレベルだったのですが、この「増加率」が高かったため、他の国々の集団から離れて「はずれ値(Outlier)」になっていったと考えられています。

THE time trend

(出典:OECD Health Statistics 2014

チャーニュー、ハース、カトラーが、この医療費増加率が「GDP+2%」ならば2039年まで、「GDP+1%」ならば2075年まで医療費を払うことができる(さきほどの一人当たりのGDPで医療費を支払うことができる)と予測したため、アメリカでは医療費増加率が「GDP+1%」以内ならとりあえず大丈夫だと言うイメージになっています。ベイカーとスキナーによると、「GDP+2.5%」のままだと、2050年には高所得者の所得税の一番高い得軸分の税率が35%から92%まで上がってしまい、これはサステナブルではないと考えられました。アメリカにとってよいニュースは2009年以降、この医療費の増加率がぐっと下がっていると言うことです。下の表でも分かるように「GDP+1%」を切るほどの低い数字になっています。カトラーらによると、この医療増加率が下がった原因は、リーマンショックによる景気後退で37%、民間医療保険カバー率の低下とメディケアの支払い額の引き下げで8%が説明可能ですが、55%は説明できませんでした。この55%部分は医療技術の開発がそれ以前よりもゆっくりであったこと、患者さんの自己負担増、医療提供者の効率の改善などによるのではないかと推測されています。

Health expenditure GDP gap

WHO: Global Health Expenditure Databaseのデータでconstant (2005) US$ per capitaを用いてCAGRを算出)

この表では日本の医療費の現状も分かります。OECD Health Data(2011)によると1970年~2009年の間の医療費の増加率は、アメリカでは4.1%、日本は3.8%とされております。しかし、1995年~2009年で見ますと(上表)、日本の「医療費増加率-GDP成長率」は比較的高いことがお分かりになると思います。これは医療費増加率の問題ではなくて、他の国々と比べると低いGDP成長率(いわゆる「失われた20年」のことです)によるところが大きいと言うのが分かって頂けると思います。さらにはリーマンショック後の2009年~2012年になりますと、他の国々で「医療費増加率-GDP成長率」が大幅に下がったにもかかわらず、日本は「GDP+2%」のままでした。この時期は、GDP成長率は2%台に持ちなおしていたのですが、それを医療費の増加率が上回っていました。この時期の医療費増加率である4.3%は他の国と比べても高い値です。これをふまえて前述の総保険医療支出(Total health expenditure)(対GDP比)の推移のグラフを見て頂くと、日本の医療費は確かに他の国よりも低いのですが、だんだんと追いついてきているのが分かって頂けると思います。最新のOECDのデータによると、2012年の段階でGDP比の総医療費のOECD平均が9.3%であるのに対して、日本の医療費は10.3%となっています(下図)。日本はずっと「安い医療費で優れた健康アウトカムを達成した国」であったのですが、もう日本の医療費は安いとは言えないのかもしれません(もちろん健康のアウトカムはトップレベルのままですが)。日本でも、医療費の水準ではなく、増加率にもっと注目しても良いのかもしれません。さらには、医療費単独で考えるのではなく、GDP成長率と医療費増加率とのバランスの中で、医療費をいくら負担することができるのか議論するべきなのかもしれません。

Japan vs OECD THE%GDP

(出典:OECD Health Statistics 2014

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