今までのブログでは医療経済学を中心にお話してきましたのですが、医療政策に必要なツールの他の部分をご説明していませんでした。こちらにもまとめてありますように、医療経済学は医療政策を決める上での重要な構成因子ですが、医療経済学のセオリーとエビデンスだけでは医療政策を形作ることはできません。今回から数回に分けて、これら医療政策の構成分野のうち、政治学(Political Science)に関してご説明したいと思います。医療政策を理解するために最低限必要な政治学のセオリーは4つしかありません。もちろん政治学のセオリーはこれ以外にもたくさんあるのですが(政治学者の先生方に怒られてしまいます・・・)、少なくともハーバード大学の医療政策学の博士課程のプログラムでカバーするセオリーは最低限この4つだけです(あくまで最低限の話です。もし政治学を深く学びたいのであればもちろんもっと多くのセオリーをカバーする必要があります)。医療政策に必要な政治学の4つのセオリーとは
- キングドンの政策の窓(Window of opportunity)
- 経路依存性(Path dependence)
- 世論の注目を集める争点化のサイクル(Issue-attention cycle)
- 中位投票者定理(Median voter theorem)
日本語だとむしろ何を言っているか分からないものもいくつかあるので、その場合には英語の表記をそのまま使わせて頂きます。次回以降にこれらを一つずつご説明しますが、まずは医療政策に関する政治学全般の話をしたいと思います。
まずはっきりさせる必要があるのは「政策」と「政治」の違いです。「政策」とは英語ではPolicyであり、国や地方自治体などの政府が、問題解決のため、もしくは社会をより良いものにするために取る対応策、解決策、方向性、プランのことです。一方で、「政治」とは英語でPoliticsであり、各ステークホルダーがどのような権力を持っており、それによってどのような政策(Policy)が選択されるかというパワー・バランスを示したものです。政策は国の方向性(プラン)であり、その方向性を実際に形にしていくプロセスが政治です。例えば、若手の医師の一般的に良く遭遇する疾患を診る臨床能力が不十分なのではないかという問題がアジェンダに挙がったとします。それに対して、医学部の臨床教育を強化したり、医学部卒業後の2年間の臨床研修を必修化するというプランが「政策」になります。一方で、そのようなプランが手元にある状態(場合によってはいくつかのプランがオプションとしてあるかもしれません)で、法律にして国会を通過させたり、各ステークホルダーと交渉することで、実際に導入していくプロセスが「政治」です。
この図はアメリカのホワイトハウスで大統領がどのようにして国の方向性を決めているかということの一端を表したものです。医療に関係することろでは、政治アドバイザー(Political Adviser)と、医療政策アドバイザー(Health policy adviser)がそれぞれ別々にいるということが特徴です。例えば、オバマケア(※アメリカで2010年に導入された国民皆保険制度を含む医療改革)をどのようにデザインするべきかをアドバイスするのは医療政策アドバイザーです。保険料の設定方法をどれくらいにするか、保険の間でのリスク補正をどうするべきか、保険に加入しなかったときの罰金をどうするかなどをアドバイスします。主に医療経済学者(Health economist)や医療政策学者(Health policy researcher/Health services researcher)がこの役割を担います。そして、その結果決まったプランをどのようにきちんと導入していくかをアドバイスするのが政治アドバイザーです。議会でどうやって十分な票を集めるか、医師会をどのように説得して味方につけるか、反対勢力同士の協力関係をどのように弱体化させるか、などのステークホルダー間のパワー・バランスに関する戦略を練るのが政治アドバイザーです。主に政治学者(Political scientist)がこの役割を担います。これらの具体例を見ることで、政策と政治の違いに関しては分かって頂けたと思います。下記に政策アドバイザー、政治アドバイザーがどのように物事をとらえているかをまとめた表を載せます。これはハーバード公衆衛生大学院の政治学者ロバート・ブレンドン教授がまとめたもので、アメリカの内容なのでこのまま日本には適用できない部分もあるかもしれませんが、おおまかなイメージをつかむのには有用だと思います。
(出典:Blendon R., The politics of health care. Spring, 2010)
次回以降は数回にわたり、政治学のセオリーに関してお話したいと思います。