医療政策の世界に限らず、政治の世界においては「争点と注目度のサイクル(Issue-attention cycle)」があると言われています。Issue-attention cycleとは、”主要な争点に対する世論の関心が高まり、その後比較的早いタイミングで注目度が下がってくる体系的なサイクル”のことです。これもしっくりとする日本語訳がない言葉の一つなのですが(「争点と注目度のサイクル」は分かりにくいと思います)、「Issue = 争点」と「Attention = (世の中の)注目度」には上がり下がりの周期(サイクル)があるということを表現しています。これは、ブルッキングス研究所の経済学者であるアンソニー・ダウンズが1972年のUp and down with ecology—the ‘issue attention cycle’という名前の論文で提唱した概念です。世間は、それが社会にとっていかに重要で恒久的な問題であったとしても、長い時間にわたって一つの問題に関心を示すことはなく、一つのトピックへの関心は一定の周期を持って上がり下がりしているという考え方です。さらには、これらの争点は突然に何の前触れもなく注目度が高くなり、短期間の間だけ世の中の関心を集め、そして多くの場合問題は解決されていないにもかかわらず、人々が急激に関心を失ってフェードアウトしていってしまうとされています。例えば日本の医療の問題で考えますと、「妊婦のたらい回し事件」など医療に関係するセンセーショナルな事件が起こると、数カ月にわたってメディア、世論、政治家など多くの人達が強い関心を寄せるようになりますが、根本的な問題解決が図られる前に世論の注目度が下がってしまうことが多いと思いますが、それもIssue-attention cycleで説明可能です。
この図を用いてご説明いたします。「前問題期」とは世の中に問題として認識されていない時期のことです。
「問題発見と強い関心の時期」は、その問題が急激に世論の注目を集めるようになる時期です。英語のEnthusiasm(熱中、熱狂)という言葉で分かるように、人々が道端で会った時にその話題になるような、誰もが注目している時のことを指し、急激に注目度が上がっている時期のことになります。
その後、「コストを認識する時期」になると、その問題を解決するために必要なコストに皆が気付くようになります。ダウンズは環境問題を例として取り上げたのですが、環境問題が問題であることを人々が認識したものの、それを解決するには税金を含めたお金がかかることを次第に認識するようになります。このコストとはお金でなくても構いません。人々の手間でも労力でも良いのですが、要は問題解決するのが思ったより簡単ではないことをみんなが気づく段階のことです。
その後、「世間の関心の低下の時期」に入り、世論は急激に興味関心を失っていきます。問題なのは、前述したように、多くの場合では問題が解決されていないにもかかわらず、速やかに関心を失っていくことです。
そして、「後問題期」とは、もはや社会が問題として認識していない段階になります。
この第2ステージ(問題発見と強い関心)から第3ステージ(コストの認識)のときに政策を通して問題解決を図ることがとても重要になります。そのためには、問題が世論の注目を集める前の段階の時に、「解決策=政策」を準備しておく必要があります。そして世論の注目度が高くなってきた第2ステージで、世論を巻き込みながら政治的なインパクトを与えて、第4ステージ(世論の関心の低下)に入る前に”勝負をつける”必要があるということになります。以前のブログでご紹介した「キングドンの政策の窓」モデルでは、政策(Policy)を用意しておいて、政治(Politics)の窓が開いたときに政策変更のチャンスが到来するとご説明しました。ダウンズのIssue-attention cycleが言いたいことは、この問題と政治の「窓」が開いている時間は短いので、短時間で勝負を付ける必要がある、ということだと思います。
個人的には、ビッグデータを使うことができる現代においては、データを用いて今がIssue-attention cycleのどの段階なのかをきちんと評価することができるのではないかと考えています。例えばメディアでのカバー頻度、フェイスブックで話題に上っている回数、ツイッターで人々がリツイートしている回数などを総合的に評価すれば、もう少し客観的(定量的)にこのIssue-attention cycleを理解し、より戦略的に対応することができるのではないかと考えています。