「生活保護の支給額が高すぎる」という議論に違和感

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写真:Pakutaso)

日本でしばしば話題になっている「生活保護の支給額が高すぎる」という議論に違和感を感じています。ロジックとしては生活保護の支給額と最低賃金や年金を比較したり、不正受給の話が持ち出されるのですが、いずれも「?」と思っています。

※ちなみにこのテーマはもはや「医療政策学×医療経済学」ではなく、私の専門ではないので、あくまで個人的見解としてとらえて頂けると幸いです。

(1)生活保護 vs. 最低賃金

生活保護の目的は富の再分配ですので、富める者が貧しいものをサポートする仕組みです。最低賃金よりも高いか安いかは重要ではなく、貧しい人に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障できるかという基準で支給額を決めるべきです。たとえば、生活保護の支給額は横浜市で標準3人世帯でおよそ15万円みたいですが、これは確かに最低限必要なレベルだと思います。これより安かったら人間らしい暮らしはできないのではないでしょうか?もし最低賃金の方が生活保護よりも安いというのであれば、生活保護の支給額を下げるのではなく、最低賃金を上げるべきだと思います。アメリカのカルフォルニア州など、最低賃金を上げる政策はよく見られます。これは労働市場を歪めてしまうというデメリットもありますが(最低賃金が無ければ雇用してもらえる人が雇用してもらえなくなってしまう)、少なくとも経済格差を縮小する方向に働きます。いずれかの低い方に合わせて格差が広がる政策(生活保護の支給額を引き下げる)よりも、高い方に合わせて格差が縮まる政策(最低賃金を上げる)の方が良いのではないでしょうか?

(2)生活保護 vs. 年金

これは本来ならば比較できない二つを比較していると思います。繰り返しになりますが、生活保護は富の再分配および「最低生活保障」が目的です。一方で、年金は普通に働いている人たちがお金をプーリングして、働けなくなった時にお金が返ってくるという保険に近いものです。生活保護や税金を「横方向」(個人間)の富の再分配だとすると、年金は個々人が若いうちに納めておいて年を取った後で返ってくるので「縦方向」(個人内)の再分配であると捉えることもできます(実際には年金には世代間の再分配という特徴もありますが、ここでは話をシンプルにしておきます)。全ての国民が個々人で退職後も十分暮らしていけるくらい貯金しておいてくれるのならば本来は年金は必要ないのですが、なかなかそうもいかないので(貯金額が不足する人が多く出てきてしまうので)半強制的にお金をプーリングさせているだけです。国民年金の支給額が安いことがしばしば問題になりますが、もし支給額と収入を合わせても人間らしい暮らしができない人が多いのであれば、年金の納付額を引き上げて支給額も上げれば良いのではないでしょうか?年金には貧しいものを助ける「扶助」の役割はないので、国民が納得する仕組みさえ作れればそれで良いのではないでしょうか?

(3)不正受給

当たり前ですが不正受給が良いとは思いません。ただし、一部の人が生活保護を受けながら裕福な暮らしをしているからという理由だけで、生活保護の支給額を全体的に引き下げようというのは論点がすり替わっていると思います。不正受給は不正受給、支給額は支給額で別の問題です。不正受給の問題はチェック体制を厳しくして減らすのが筋であり、不正受給でもない受給者たちに不利益が生じるべきではありません。さらにはチェックを厳しくしすぎるのも問題になります。一部の不正を働く人のせいで、本当に困っている人がサポートを受けれなくなると言うのは、本末転倒です。制度の第一の目的である「最低生活保障」を達成し、その上で、不正受給を含めた減らせる無駄を減らしていくというのが本来のあるべき姿なのではないでしょうか?

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