OECD平均値や、現在の医療需要をもとに必要医師数を設定しても良いのか?

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写真:Ilmicrofono Oggiono/クリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

厚労省は現在、医療従事者の需給に関する検討会を開催し、医療従事者の需給状況や確保対策を改めて検討し、偏在を解消しようとしています。日本の人口減少が急速に進んでいるためこのままでは100人に1人が医師になる医師数過剰の状態になるかもしれないという推定がある一方で(参考記事)、臨床現場における「医師不足感」は依然として問題視されています。医師不足ではなくて医師の偏在の問題である、という議論もしばしば聞かれます。これらを判断するエビデンスの無い状況で議論して、政策をデザインすることはできないのではないかと感じています。まずはデータを使ってエビデンスを作って、それをもとに議論を進めていくことが早急の課題であると考えます。将来必要となる医師数の予測モデルがあてにならないことは以前のブログでご説明しましたが、今回は日本のコンテキストでお話したいと思います。

そもそも医師不足は本当に問題なのでしょうか?それともごく一部の地域で医師が足りないだけで、総じて言うと日本には医師は足りているのでしょうか?こういった議論の中でOECDの平均値(人口1000人あたり3.3人)との比較がしばしば行われます。しかし、そもそもOECDの平均は理想的な(optimum)医師数なのでしょうか?

図:人口一人当たりの医師数図1(出典:OECD、2015

上図はOECD各国の人口1000人当たりの医師数になります。平均に近いフランス(3.3人)は医師の供給に関しては理想的な国で、それよりも少ないカナダ(2.6人)は医師不足の国、平均よりも多いドイツ(4.1人)は医師過剰の国なのでしょうか?私はそうは思いません。平均値は医師数がとても多いギリシャ(6.3人)などの国に引っ張られて、高めに出ている可能性もありますし、逆にとても医師数が少ない国がたくさん入ってくれば低めに出てしまいます。広い国ではへき地での医療へのアクセスを担保するためにある程度の医師数は必要になる一方で、国土の狭い国では同じ人口あたりでも少ない医師数でカバーすることができるかもしれません。高齢化が進めば必要な医師数は多めになるかもしれません。日本の医師数は人口1000人あたり2.3人です。アメリカの医師数も2.6人と同じくらいですが、医師不足はアメリカでは問題になっていません(プライマリケア医が今後不足してくるのではないかということは問題になっていますが)。いずれにしても、OECD平均値はあくまで大雑把な目安にしか過ぎず、医師数の目標値や、医師数が足りているかを判断する基準値にはなりえないと私は考えています。

必要医師数を、現在の医療サービス(外来受診、入院、検査、投薬などあらゆる医療行為のこと)に対する需要をもとに評価することも本質的な問題をはらんでいます。そもそも現在の医療サービスに対する需要が適切なレベルであるかが分からないからです。自己負担額が安すぎるためにモラルハザードが起きており、本来ならば必要な需要よりもめのところでキープされているかもしれません。医師誘発需要の影響で、医療サービスの対する需要は少し高めになっているかもしれません。逆に、医療へのアクセスが悪い国では、医療サービスへの需要が適切なレベルよりも低めになっている可能性があります(日本のように医療へのアクセスが良い国ではこのようなことが起きているとは考えられないため、日本では医療サービスに対する需要は高めにキープされていると考えられます)。このように、適切なレベルよりも高いレベルで医療サービスに対する需要がキープされている状況で、そのデータをもとに必要医師数を計算すると、医師数は本来必要なレベルよりも多くなってしまいます。もちろん景気が良くて、社会保障に充てることのできる税収が十分にあって、医療にいくらでもお金がかけられる状況であればそれでも良いのかもしれません。しかし、今の日本の状況ではできるだけ少ない医療費で、できるだけ医療の質を高めることが重要だと思います。そして、もしその結果として医療費を節約することができるのであれば、あまった財源は教育や生活保護などに用いることで、国民の幸福度をより高めることができると思われます。

では必要医師数はどのように評価したら良いのでしょうか?社会が医師を養成する一番の目的は医療サービスの提供を通して国民の健康を維持、向上させることです。それならば、もしそれ以上医師数を増やしても国民の健康が改善しないならば、医師数はそれ以上増やすべきではないと考えます。逆に医師数が少し減ってきても、患者さんのアウトカム(一般的には健康アウトカムに加えて満足度も含まれます)にネガティブな影響がないのであれば、その減少は許容されうるものなのかもしれません。要は、必要な医師数は、OECDの平均値や現在の医療サービスに対する需要をもとに評価するのではなく、患者さんのアウトカムとの関係の中で評価されるべきであると私は考えています。この視点を持ったエビデンスが現在はとても少ないのですが、今後はもっと増えていってくれることを期待しています。

 

(補足)医師の労働環境が悪いこと(過労状態にあること)が看過されうるとは考えていません。それに関しては改善が必要だと思います。ただし、日本全体の医師数を増やすことが有効な改善策であるかというと、それに関しては私はかなり懐疑的です。個人的には、医師を増やすよりも、ナース・プラクティショナーなどの医師の業務を代わりに行ってくれる業種を増やす方が良いと考えています。紹介なしでは病院を受診できなくなるなど(ゲートキーピング)、患者さんの不必要な受診を抑制する仕組みも必要だと思います。

3件のコメント 追加

  1. 江原朗 より:

    いつでもどこでも最上級の医療を待たずに受けられるようにするには医療資源は無限になりますね。

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  2. ロボコン より:

    必要な医師数が患者さんのアウトカムとの関係で評価されるべきというのはわかります。しかし、それが医師数と相関するのなら、予算に際限がないのなら医師が多ければ多いほうがいいという事になると思います。日本より下位に一人当たりGDPが下位の国がないので、日本の医師数が使える予算に対して比較的少ないというのは間違っていないとは思います。患者さんのアウトカムの絶対的指標がないので、OECDの平均といった指標は当たらずとも遠からずなのかなと思います。

    ところでアメリカはオバマケアで保険でカバーされる人が増える、つまりは医療にアクセス出来る人が増えたのに医療の現場はあまり忙しくなってないんですね?意外でした。

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    1. 津川 友介 より:

      ロボコン様、
      コメントありがとうございます。もちろん予算に制限がないのなら医師を増やすのも良いと思います。でも現実には全ての予算には制限があり、何かにお金を使えば他の何かをがまんしないといけなくなってしまいます。もし仮に医師を増やしても国民の健康レベルも医療に対する満足度も向上しないのであれば、何のために医師を増やすのでしょうか?それでしたらその予算を子どもの教育のために使った方が良いのではないでしょうか?医療サービスに税金が投入されている以上、国民の幸福度(social welfare)を向上させるものである必要があると思います。

      経済学の世界に「限界収穫逓減の法則(Diminishing marginal returns)」という法則があります。投入する資源を増やしていくとはじめはアウトカムは改善していくか、投入資源が増えるにしたがってメリットはだんだん小さくなっていき、ある程度まで投入資源が増えるともうそれ以上増やしてもアウトカムは変化しなくなるという現象のことです。データに基づくエビデンスは無いのですが、医師数に関しても同様の現象がみられると考えられます。

      患者さんのアウトカムに関する(比較的)確立された指標はあります。心筋梗塞後の30日死亡率、肺炎の30日死亡率、避けることのできた入院、ワクチンの接種率、患者満足度などです。これらは「医師数のOECD平均」よりはるかにしっかりとした拠り所になると私は考えています。

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