外国人のエビデンスしかない薬は、日本人は飲まない方が良いのか?

医者は本当に薬を飲まないのか?

東洋経済オンラインの和田秀樹氏のこの記事を興味深く拝見しました。どうやら、「がんは切らない方が良い」の次は、「薬は飲まない方が良い」と言う新手のビジネスが出てきているようです。主張していることのロジックはめちゃくちゃですが、ストーリー自体は目新しくてキャッチ―ですので、”炎上商法”的要素も加わって広まってしまうのではないかと心配しています。みんなが正しいと思っていること(そして実際に多くの場合で正しいこと)を、陰謀論のようなストーリーを使って全否定するスタイルが、残念ながら今の日本で流行っているようです。アメリカではメディア(少なくとも大手のメディアでは)が科学情報の解釈に関してしっかりしているので、医療に関するこのような間違った情報が広まることはまれだと思います。

外国人のエビデンスしかない薬は、日本人は飲まない方が良いのか?

この記事の中で、薬の効果が信用ならない理由として、”海外のデータもしくは動物実験の結果を当てはめていること”があると言っています。動物実験のデータを人間にあてはめることができないことは医療界でコンセンサスが得られていることですので、反対する人はいないと思います。しかし、外国人のデータしかなくて日本人ではどうか分からない、そのようなときにはどうしたら良いのでしょうか?もちろん日本人のデータがあるのが一番ですが、もしなかった場合の次善の策はどういったものになるのでしょうか?

外国人のデータでは血圧を下げた方が長生きできるということが分かっていて、日本人のデータが無いとします。同じ人間なのだから効果としては近い部分も多いだろうと仮定して、外国人のデータを日本人の診療に適用するということが現在、医療現場で行われていることです。私はこれは適切だと思っています。もし仮に外国人のデータを無視したら、エビデンスのまったく無い中で診療することになります。医師によって患者さんの血圧コントロールがバラバラになってしまいます。そして何が正しいのか患者さんは知る由もありません。それに比べたら、外国人と日本人で違う部分もあるかもしれないけれども、今ある中では最も信頼性の高い「外国人のデータ」をもとに診療することの方がはるかに良いと考えます。

因果推論のフレームワークを使うと、これは外的妥当性の問題であると捉えることができます。妥当性(Validity)には内的妥当性(Internal validity)と外的妥当性(External validity)があります。「内的妥当性がある」とは、研究の対象となった集団において因果関係がある、つまり原因と結果の関係である(この例では薬で血圧を下げることで予後が良くなる)と言うことができるということになります。一方で、「外的妥当性がある」とは、ある一つの集団において認められた因果関係が、他の集団(もしくは他の時代や環境)でも同様の因果関係を述べることができるということになります。つまり、ランダム化比較試験などで外国人では薬が有効であると確認された(内的妥当性がある)状況において、はたして日本人でも同様の効果があるのかというのは、外的妥当性の問題であると考えることができます。ほとんどの研究では外的妥当性まで検証しないので、研究のエビデンスからは外的妥当性に関しては「分からない」としか言うことができません。それでもなお、私は他により所になるようなエビデンスがないのであれば、外国人のデータをより所にするべきだと考えています。

さらには、「外国人」って何を指しているのだろうか?という疑問も沸いてきます。アメリカ人のデータと言った時には白人だけでなく、黒人、ヒスパニック、アジア人も含まれます。もちろん人種によって薬の効果が違うこともありますが、「外国人のデータ」とは「白人のデータ」は同じ意味でないことには注意が必要です。「外国人のデータ」とは、「白人+黒人+ヒスパニック+アジア人の重みづけ平均をとったデータ」ということになります。そして、これと「日本人のデータ」がどれだけ違うのか、日本人のデータが無い中で何を頼りに診療をするべきなのか、を冷静かつ客観的に考える必要があります。

私は日本人のデータが無いのであれば、入手可能なエビデンスの中で最も質の高いエビデンスである外国人のデータをもとに診療を行うことが適切であると考えます。そして同時進行できちんと日本人のデータを集めていき、外国人と日本人では薬の効き方が違うと分かった段階で、診療パターンをそれに合わせて変更するというのが医療のあるべき姿だと考えています。

(注)今回のブログの内容は科学的エビデンスに基づいたものではなく、個人的見解を述べたものになります。ご了承ください。

10件のコメント 追加

  1. Susumu Kandatsu より:

    日本人での治験が行われていないということは、公知申請の対象ということになります。今現在、公知申請の対象になっているのはイギリス、アメリカ、フランス、ドイツの4カ国。

    しかし、ここで治験が行われていないと和田先生が述べているのは、第三相試験のように考えます。要するに、販売されてからの効果の判断がきちんと行われていない。現場の医師としてはそう考えます。効くはずだから、効かないのは患者側の問題。あるいはかなりの人に効かなくても、しょうがない。それは医師の問題ではない。

    外国のことは良く知りませんが、日本での薬品の効能見直しは、かなりの反発を産んでいます。岩盤規制に似た構造を感じます。

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  2. 高橋 秀和 より:

    時々、拝見しています。
    いつも興味深い話題であり、記事に通底する誠実な姿勢に敬服します。

    元記事を読み、困惑すると同時に、こういった論調が日本のメディアの文化であり、意図的なものであることに辟易します。
    そういった文化は、日本人の国民性に起因するものなのか、それとも時代の流れと共に消失する、洗練性といった要素で説明できるものなのか、考えることがありますが、よく分かりません。

    医療分野における、こういった日本の危険性は他の先進国よりも高いのではと感じます。
    アメリカの大手メディアでは稀とのこと、勉強になります。

    こういった問題について、力不足ながら、私も何かしなければと考え、BLOGOSというメディアに文章を投稿しています(私の場合には、医療問題と並行して、薬局・薬剤師に関する同様の問題も関心事です)。

    どうすればよいのか、困ってしまいます。

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  3. Susumu Kandatsu より:

    高橋秀和さん

    ”こういった日本”、 ”こういった論調” が何を指すのかわかりにくいです。具体的に書いてくれませんか?

    私には、和田先生の意見のほうが正しく思え、津川先生の意見には賛成しかねるのですが・・・・

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    1. 高橋 秀和 より:

      すいません。
      返信ボタンがあることが分からず、下の欄にお返事を書いてしまいました。
      またご確認頂ければ。

      >和田先生の意見のほうが正しく思え、津川先生の意見には賛成しかねるのですが

      この疑問を解消するには、多くの文字数・やり取りが必要になると思います。ご自身のかかりつけ医・かかりつけ薬剤師に相談されるのがよいと思います。

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  4. 高橋 秀和 より:

    Susumu Kandatsuさん

    そうですね。自分のコメントを読み返してみると、確かにはっきりと書いていませんね。分かり難いとのご指摘、その通りだと思います。

    和田氏の今回の文章について、多くの医療者(特に薬物治療について言及していますので医師・薬剤師が該当すると思います)は、言及内容への異論・反論を多く持つことと思います。
    例えば高血圧の薬を服用して30年、服用せずに25年の部分について、実際にそういった会話の末、患者・医療者の同意の上で服用しないという選択をし、10年後に脳梗塞を発症したならば、医療裁判では医療者は多くの場合、有責と判断されると思います。これは日本のデータが少ないということを加味したとしても変わらないでしょうし、社会通念を考慮しても妥当だと思います。

    ミスリードに繋がる言説を避けることは、専門家にとっても、またその言説を採用するメディア側にとっても必要だと私は考えます。ただそうすると、面白みのない記事になりますし、金儲けとすればマイナスです。
    そういったバランスの中でどの立ち位置を選択するか、という場面において、日本は他の先進国と比較してよくないのではないかと。

    >和田先生の意見のほうが正しく思え、津川先生の意見には賛成しかねるのですが

    そのような疑念について、かかりつけ医やかかりつけ薬剤師に相談されるとよいと思います。ネットの言説を元に自身で判断して行動することが「規制緩和の方向性」だとすれば、生活圏に医療者を配置し相談できることが「規制の理念」です。
    どちらも万能ではありませんが、各々の利点や危険性を意識することが肝要と思います。

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  5. Susumu Kandatsu より:

    一応前に書いてますが、私は医師です。

    医師として、和田先生の意見のほうに賛成しているということです。私は、外国で定評のある薬を日本人の検証なしで導入するのは間違っているとは思いません。ただし、導入後のチェックが大事だということです。

    日本の公共的事業は一度始まると止まりません。薬剤も似た様な状況と感じています。きちんと検証されていない状況は相当問題だと考えています。効果がないのに継続使用されている薬が多すぎです。問題は、薬剤行政だけでなく、効果を考えずに使用する医師と、とにかく薬が欲しい患者の三者にあるのだろうと考えています。私は、ホルモン補充薬とか免疫抑制剤などの特殊な薬品を除いたら、短期使用に限るべしという考えです。メタボ関連の疾患は、生活指導を重点にすべきと思います。

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    1. 高橋 秀和 より:

      >一応前に書いてますが、私は医師です。

      これは失礼しました。上のコメントを読んではいたものの、アイコンの写真付き、写真なしとの印象だけで、名前までよく見ていませんでした。

      現在は長期のエビデンスを重視すべき分野が多いですから、ご指摘のように市販後の研究の弱さは重大な問題であり、この部分に学会の清廉性といった批判があることには、同意するところです。
      しかしながら、その問題を立脚点にした際の、次の見解ということについては、医療者が社会から要請されるべきスタンスというものがあるだろうというのが、私の意見です。
      実地医療においての各医療者の裁量権を考慮しても、専門家としての持論と、患者に適応すべき医療を同一視することはできません。

      メディアでの医療者の発言は、これと同様の制限を受けるものではありませんが、医療者側・メディア側が意図して発言のタガを外すことに私は同意しづらいですね。

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  6. Susumu Kandatsu より:

    私は医師だということを強調しようとは思ってませんでしたが、高橋さんが、”心配があるなら、担当医に相談してください。” と繰り返しお書きになっているので、改めて自分は医師であると書きました。

    誰でも、すべてを知ることはできません。研究者は臨床のことがわかりにくいし、臨床医は研究の意味がわからなかったりします。

    この件に関しては、ここのスレ主の主張が偏りすぎているように私には思われます。ドラッグ・ラグは問題だと思ってますが、外国で採用されたからと言って、無批判に性急に飛びつくのは問題です。

    スレ主は、公知申請のこともご存知ないみたいです。

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    1. 津川 友介 より:

      Kandatsu様、高橋様、

      コメントありがとうございます。どのような形であれ、このような建設的な議論が行われることは大事だと思っておりますので、うれしく思っています。ありがとうございます。

      治験、第Ⅲ相試験、公知申請など色々なトピックが出ていていますが、私が重要だと思っているのは、法的根拠やルールの話ではなく、科学的なエビデンスです。つまり、日本人が海外で効果が証明されている薬を服用することで健康状態が改善するのか、ということです。和田先生は「医師は薬なんて飲まない」というラディカルな議論をもとに、コレステロールは高めがよい、血圧が低くてふらふらするくらいなら高めに維持した方がQOLが高い、などといった持論を展開しています。私はこれらには同意しかねます。コレステロールも血圧もきちんと低めに維持した方が健康が維持できると考えています。

      この議論のポイントは、内的妥当性と外的妥当性だと考えます。そもそも薬がメリットがあるのか(バイアスがないのか)というのが内的妥当性の問題であり、外国人に効いたら日本人にも効くのかというのは外的妥当性の問題です。重要なのは、まず第一段階として内的妥当性が証明できなければ、外的妥当性は無意味であるということです。内的妥当性が無いと言うことは効果の推定にバイアスがあるということですので、そもそも外的妥当性を評価することすら意味が無いと言うことになります。

      内的妥当性あり、外的妥当性あり→◎
      内的妥当性なし、外的妥当性あり→×バイアスのある推定、他の集団に適用することができる
      内的妥当性あり、外的妥当性なし→研究対象に関しては正しい推定であるが、他の集団に適用できない

      記事にもあるように、スタチンに関して外国人を対象としたRCTでは効果あり、日本人を対象とした観察研究でコレステロール高めの方が良いというデータがあったとします。この場合、RCTの結果の方が観察研究よりも内的妥当性が高いので、この場合は日本人のデータは重要視しなくて良いと考えます。

      私は日本人のデータが必要ないとは言っておりません。むしろ必要であるとブログ内でもお書きしています。しかし、もし日本人のデータが入手できない状態であるならば、データが集まるまでは外国人のエビデンスを適用して良いのではないかと考えております。

      津川

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  7. 高橋 秀和 より:

    津川様

    コメント有難うございます。
    今回の議論の中での私の立場は、医療が社会的な存在である以上、今回のブログで提示された、内的妥当性・外的妥当性といった解釈は個々の医療者によって全く自由なものではなく、社会通念によって制約を受けるべき(司法の場での認定はその追認であると考えます)と考えること。またそれを意図的に歪める行為が商業的な観点から容認されている日本の状況に対する批判でした。

    Susumu Kandatsu様

    >ドラッグ・ラグは問題だと思ってますが、外国で採用されたからと言って、無批判に性急に飛びつくのは問題です

    この点に関して、全く同意するところです。長期のエビデンスを考慮する際に、人種や生活習慣に相違がある以上、国内での研究の弱さは問題です。国ごとのガイドラインを比較した際に、日本のガイドラインの弱さを指摘した論文もあったかと記憶しています。

     
    お二人のご意見を拝見し、重視する論点の違いはとても新鮮なものでした。
    勉強になりました。有難うございます。
    またこういった機会がありますことを楽しみにしています。

    いいね: 1人

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