以前のブログでもお書きしましたが、業績に基づく支払い方式(P4P; pay-for-performance)に関する研究のほとんどが、プロセス指標は改善させるかもしれないが、最も重要な患者のアウトカム(死亡率など)を改善させることはできないことを示しています。しかし最も新しいP4Pの一つである、アメリカのHVBP(Hospital Value-Based Purchasing)はアウトカムの到達度だけではなく、改善率*に対しても経済的インセンティブを与えていたため、今までのP4Pと異なり効果的なのではないかと期待されていました。はたして、HVBPは期待通りに患者のアウトカムを改善させることができたのでしょうか?
*達成率だけにインセンティブを与えると、ベースラインがとても悪い病院は達成できないだろうと諦めてしまい、うまくインセンティブを与えられないのではないかという批判がありました。その批判に対処するために、HVBPでは、ある目標値を達成するか(到達度)だけではなく、ベースラインと比べてどれくらい改善したか(改善率)にもボーナスを与えるようにデザインされていました。
私も共著者となっている英国の医学雑誌BMJに掲載された最新の研究結果では、HVBPによって患者の30日死亡率は改善しなかったことが明らかになりました。この研究では分割時系列デザイン(ITS; Interrupted time-series analysis)が使われており、介入前のトレンドと比べてHVBPが導入された後にどれくらい改善のスピードが変わったかを検証しています。この研究では2つの対照群が用いられました。一つ目は、HVBPは心筋梗塞、心不全、肺炎の3疾患のみを対象としていたため、それ以外の内科疾患をコントロール群として用いました。二つめは、HVBPはアメリカ全土のほとんどの急性期病院が対象になったのですが、地方の小規模認定病院(CAH; Critical access hospital)は影響を受けなかったため、このCAHをコントロール群として用いました。どちらのコントロール群を用いたとしても、結果は、HVBPは30日死亡率(到達度と改善率の両方)を直接的にボーナスの対象にしているにも関わらず、HVBPの導入によって患者の30日死亡率の改善は認められなかったというものでした。
またもP4Pが患者のアウトカムの改善にはつながらないというエビデンスが出てしまいました。今までの「量」に対する支払い方式である出来高払い方式は、医療サービスの提供量が適切なレベルよりも高いところで均衡状態になってしまうため(医師誘発需要)、根本的な問題があることには議論の余地はありません。よって「量」に対する支払いから「質」に対する支払いに多くの先進国が切り替えようとしています。このコンセプト自体は間違っていないのですが、P4Pをどのようなデザインにしたら期待通りに患者のアウトカムを改善させることができるのかがまだ分かっていません。それが明らかになるまでは、他の国々はやみくもにP4Pを導入しない方が良いのかもしれません。もし日本が独自のP4Pを導入するのであれば、アメリカやイギリスのようにアカデミアと一緒にきちんと研究を行い、どのようなデザインが有効なのかを検証しながら導入することが必要であると考えられます。
(2017年11月2日追記)P4Pに関する最新のエビデンスに関しては、2017年5月に米国内科学会誌に掲載されたシステマティックレビューが詳しいです。質の高いエビデンスは米国と英国からしか出ておらず、P4Pはプロセス指標は改善するが、アウトカム指標を改善するという根拠は無い(現時点のデザインでは失敗である)という結論です。このレビューが発表された後の2017年6月に、New England Journal of Medicineに米国のP4Pを評価した論文が掲載されましたが、それも効果なし(プロセス指標、患者満足度の改善につながらない)という結論でした。