「科学的根拠に基づく本当に体によい食事」とは?

FullSizeRender

シリコンバレー式自分を変える最強の食事」(ダイヤモンド社)という本が売れていると聞きました。自分で本を買って中身をきちんと読んだわけではありませんが、この本を紹介している記事の中に健康的な食事に関する誤解が数多く見られたため、ちょっと心配になりこのブログを書くことにしました。

はじめに断っておきますが、この記事はどのようにしたらより効果的にダイエットできるかを説明したものではありません。どのような食事をしたら脳梗塞、心筋梗塞、がんなどの病気を減らして健康に長生きできる確率を上げることができるかを説明することを目的としています。実際にはこの記事にかかれているような食事をしたら体重も減ることが多いとは思いますが、ゴールはあくまで病気にならないことです。もし皆様の最終目的が健康になることではなく、外見的(美的)な意味でのダイエットなのであれば、他の記事や本を参照して頂いた方が良いかもしれません。

日本人は全般的に健康に対する意識が高いのに対して、アメリカ人の中には健康意識の高い人と低い人がいます。もちろん健康意識の低いアメリカ人の食事に関するリテラシーはめちゃくちゃなのですが、一方で、健康意識の高いアメリカ人と健康意識の高い日本人を比べると、健康的な食事に関するリテラシーはアメリカ人の方が高いと考えられます(特に筆者の住んでいるボストンには健康意識が高い人が多く住んでおり、彼らの食事に関するリテラシーは多くの日本人よりもおそらく高いと思われます)。日本人が食事に気を使っていないと言っているのではありません。その逆で、実際には日本人の方が食事に気を使っている人は多いと思うのですが、食事や健康に関する誤った情報に惑わされている人が日本にはあまりに多いのだと思います。アメリカではテレビのニュースやその他のメディアが、正しい情報と間違った情報を取捨選択して紹介してくれます。さらには消費者も目に入る情報を注意深く評価(批判的吟味)し、科学的根拠に基づいたものだけを日々の生活に取り入れるようにしています。残念ながら日本ではメディアが科学的なデータの批判的吟味を行い、一般の人に分かるように「通訳」する機能を十分に果たしていないので、一般人にとっては多くの情報に溺れてしまい何が何だか分からなくなってしまっているような印象があります。さらに、キャッチ―だけど間違った健康に関する情報はお金になりやすいため、売れれば何でも良いというスタンスの人が出てきてしまうということもあります。医師などの資格を持った人の中にも、このように「お金になれば何でも良い」という考えで、科学的根拠に基づかない情報を流布している人がいることです。医師という肩書があるため、一般人にとってはより一層どの情報を信じてよいのか分からなくなってしまいます。

日本の状況を嘆いてばかりいても仕方ありません。しかし、日本人が間違った健康情報で逆に不健康になってしまったり、無駄なお金を使ってしまうことは不幸なことですので、どうにかした方が良いと思います。そのために、ここでは複数の質の高い研究から本当に健康に良いと分かっているものをご紹介します。ブログでは全てを詳しくご紹介することはできませんので、これを読んで興味を持った方は成書や論文をご参照ください(ハーバード公衆衛生大学院のホームページはとても参考になります)。

複数の質の高い研究で健康に良い(=脳梗塞、心筋梗塞、がんなどのリスクを下げる)と言うことが科学的に証明されているのは、(1)オリーブオイル、(2)ナッツ類、(3)魚、(4)野菜と果物(フルーツジュースではダメ)、(5)食物繊維を多く含む雑穀類の5つです。逆に、赤い肉(牛肉や豚肉のこと。鶏肉は問題ない。特にハムやソーセージなどの加工肉は体に悪い。)と炭水化物・糖質の2つは体に悪いので控えた方が良いことが分かっています。ここで言う炭水化物とは、白米、パスタ、白いパン(全粒粉を使ったパンは問題ありません)のことを指します。糖質とは砂糖などの糖のことですが、フルーツジュースなどの果糖も含まれます。注意が必要なのは、新鮮な果物をそのまま食べれば体に良いのですが、精製されてフルーツジュースになると糖の塊になってしまうので逆に体に悪くなってしまいます。ちなみにジャガイモなどのイモ類は野菜には含まれず、炭水化物に分類されるのでこれにも注意しましょう。

肉と炭水化物・糖質を控えると言っても、ただこれらの量を減らしたらお腹が空いてしまいます。日本でも以前は、食事の摂取量を減らしてがまんさせる「根性論的な栄養指導」が行われてきました。しかしながら、数多くの行動科学や行動経済学の研究から、がまんさせることが正しい戦略ではないことは明らかになってきました。がまんばかりさせてもストレスになって、いずれは爆発して食べ過ぎてしまうことが多いことはみなさんの経験からも明らかだと思います(ダイエットでリバウンドしてしまうのと同じ現象です)。このような理由から、現在ではがまんばかりさせる栄養指導よりも、食べる内容を「置き換える」栄養指導の方がより効果的であると考えられます。

では何と何を置き換えれば良いのでしょうか?健康に悪い食べ物を健康に良い食べ物と置き換えれば良いのです。つまり赤い肉と炭水化物を減らす代わりに、上記の5つの食べ物(オリーブオイル、ナッツ類、魚、野菜と果物、雑穀類)をお腹いっぱいになるまで摂取すれば良いと考えられます。

粗食にして食べる量を減らすことだけが体に良いと言うわけではなく、今の食事に健康によい食品を追加することでより健康になることもります。例えば、高脂血症の治療においては、食事制限をさせるグループと、食事を変えずにナッツを食べてもらったグループとに割り付けたランダム化比較試験の結果、食事を変えずにナッツを加えたグループの方が有意にコレステロールが下がることが研究で証明されています。食事を減らすことだけが体に良いわけではないということを示した良い例だと思います。

さて、「シリコンバレー式の食事」の何が問題なのでしょうか?この本で説明されている内容の多くが科学的根拠に基づかない都市伝説であるということです。この本の筆者であるデイブ・アスプリー氏が自分で体験してみて、調子が良くなったと感じた食事を紹介しているだけで(「15年間、30万ドル投じた」と書いてありますが、それと正しい内容であるかどうかとは全く別問題です)、それが病気にならないと言う意味で健康的であるとは限りません。「シリコンバレー式の食事」を取り入れれば、体重が減ったり頭がすっきりする効果はあるかもしれませんが、病気になるリスクが増えてしまうかもしれないことに注意して下さい。例えば、この本では、グラスフェッドのバターを入れたコーヒーを飲むことが推奨されています。バターとオリーブオイルが同様に「体に良い油」として紹介されていることもありますが、残念ながらそれは間違いです。

同じ油でも、オリーブオイルは健康に良い油であることが医学的に実証されていますが、バターは体に悪い油であると考えられています。1961年にアンセル・キーという科学者がバターを取りすぎると心筋梗塞のリスクが上がるということを報告して以来、数多くの研究がこれを検証しています(詳しくはハーバード公衆衛生大学院のこの記事をご参照ください)。油には良い油(オリーブオイルや魚の油に多く含まれる。不飽和脂肪酸と呼ばれる)と悪い油(バター、ラードなど。飽和脂肪酸と呼ばれる)があることが分かっています。

2014年3月にアメリカの権威ある科学雑誌であるAnnals of Internal Medicineに、バターやラードなどの飽和脂肪酸を摂取することで心筋梗塞のリスクが下がると言う研究結果がでました。これを受けて、バターは以前思われていたほど体に悪いものではなく、実は体に良いのではないかということを主張する人が出てきました。しかし、ハーバード公衆衛生大学院の研究者たちがこの研究を調査したところ、様々な問題があることが明らかになりました。問題のひとつとして、飽和脂肪酸の摂取量が少ない人たちは、(お腹が空いてしまうので)その分炭水化物など他の体に悪いものをたくさん摂取しているために心筋梗塞のリスクが上がっていた可能性があげられています。結論としては、バターなどの飽和脂肪酸は不飽和脂肪酸(オリーブオイルや魚の油など)と比較して体に悪いものであるので、飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸で置き換えた食事が体に良い食事であると考えられています。

すごく単純化して考えてみます。全ての食品は5つのグループに分けられるとします。健康に良いことが複数の研究で明らかになっている食品をグループ1として、健康に対する影響をもとに下表のように5つのグループに分けられるとします。そうすると、私たちが日々口にしている食品のほとんどは中間のグループ(グループ2,3,4)に該当すると思います。皆さんが新聞やテレビなどのメディアで「体に良いということが新しい研究で明らかになった」と見聞きしているもののほとんどはグループ2の食品です。つまり、健康に良いかもしれないがまだ確定的なことは言えない段階の食品なのです。数カ月後には同じ食品が「違う研究で健康に悪いことが分かりました」というニュースを目にすることになるかもしれません。そういった情報に一喜一憂するよりも、すでに健康に良いことが明らかになっているグループ1の食品を積極的に摂るように心がける方が良いのではないでしょうか?

グループ 説明 食品の例
グループ1 健康に良いということが複数の研究で明らかになっている食品 ①オリーブオイル、②ナッツ類、③魚、④野菜と果物、⑤雑穀類、⑥その他(コーヒー、ダークチョコレート等)
グループ2 ひょっとしたら健康に良いかもしれない食品
グループ3 健康に良い影響も悪い影響もない食品
グループ4 ひょっとしたら健康に悪いかもしれない食品
グループ5 健康に悪いということが複数の研究で明らかになっている食品 ①加工肉(ハム、ソーセージ等)、②赤い肉(牛肉、豚肉等)、③糖質(炭水化物を含む)

(筆者作成)

食事は我々にとって毎日のことですので、専門的なトレーニングを積んでいない人たちも思う思いのことを自由に言ってしまっているという側面もあると思います。しかし本当に健康になりたいと思うのであれば、あまりその分野に詳しくない人(つまり専門家ではないアマチュアの人たち)が経験則的に思い思いのことを言っている内容よりも、医学的データに基づいており実際に健康になれる可能性が上がる方法を取り入れた方が良いと考えます。上記のような内容を日々の食生活に取り入れて頂くことで、日本人の食事や健康に関するリテラシーが上がり、無駄なお金を使うことなくより健康になれるようになることを心から願っています。

(2016年6月15日修正)初めの記事では「アメリカ人の方が日本人よりも健康的な食事に対するリテラシーが高い」といった記載がありましたが、アメリカ人の中でも健康に対する意識が高い人のみを想定していたため、誤解のないように該当箇所を一部修正させて頂きました。

21件のコメント 追加

  1. Doi Siem Rieko より:

    興味深く、読ませていただきました。1年ほど、肉、卵を食べず、たんぱく質を、豆腐などで取る食事をした結果、血液検査後、ビタミンB12,6と鉄分が不足している結果が出ました。その後1か月、サプルメントで、補い、普通値に戻りましたが、その際、ドイツ、ミュンヘンの主治医が言うには、肉と卵も、野菜、果物、ナッツ、オリーブ油、雑考類とともに食べるようにとのことでした。脂身の少ない豚肉は少し食べます。その豚肉が、悪い食品に入っていることは、意外でした。健康を維持する、病気になるリスクを下げる食事は、私にとっても1番重要課題であります。今後とも、よろしくお願い、致します。

    いいね: 1人

    1. 津川 友介 より:

      赤い肉は大腸がんなどと関係があるのではないかと言われています。そして肉の脂身は「悪い油」ですので、動脈硬化につながる可能性があります。たんぱく源として、魚、豆腐、鶏肉、卵などは摂取して頂いて良いと思われます。ビタミンBや鉄分など特定の栄養素が不足している分にはそれを含んだ食品を食べて頂くのが良いと思いますが、可能であれば「体に悪い食品」以外の食品で補って頂くのが良いかと思います。

      いいね

  2. Hdprogre より:

    こんにちは、興味を持って読ませていただきました。
    提示されたエビデンスの一方で、日本人の寿命がすでに長いという現実を考えたとき、これから食生活をエビデンスに基づいた形に変化させたほうがいいというべきなのでしょうか?

    保守的な考えとして、うまく行っている食生活を変更するメリットが有るか私には疑問に感じるのです。

    大腸がんの増加を考えると赤い肉、加工肉は控えましょうは日本人にも妥当なようには感じます。

    いいね: 1人

    1. 津川 友介 より:

      日本人の食事と日本人の寿命の間に因果関係があるかどうかは証明されていません。さらには今の高齢者が食べていた「日本食」と、現代の日本人が食べている「日本食」はかなり違うものになります。昔の人が食べていた日本食は、オリーブオイルとナッツ類は少ないものの、魚、野菜、雑穀が豊富であり、赤い肉や糖質(白米を含む)はあまり食べていませんでした。それが戦後に日本人の寿命が延びた原因かもしれません(科学的に証明はされていませんが)。今の日本食は炭水化物や塩分が多いことは明らかであり赤い肉もかなり食べるようになってきています。健康に良い食事は科学的に証明されてきていますので、私はブログにお書きしたような内容で食事を切り替えていった方が良いのではないかと考えています。

      いいね

      1. Hdprogre より:

        お考えをお示しくださりありがとうございます。ご指摘の通りに、「寿命の延長」と「疾病リスクを低下させる」という、ゴールの差を私は混同していました。

        一方で、提示されているエビデンスの背景が私達の社会、文化と異なっていること、食事が寿命に与える影響が限定的であろうことから、日本人の寿命にエビデンスに基づく食事が与える効果には懐疑的です。

        また、個々のエビデンスが限定された条件で有効である点を考えると、複数のエビデンスをまとめて介入した場合にも有効性が維持されるのか気になります。

        疾病リスクを低下させるために幾つかのエビデンスを食生活に個々人として導入するのは悪く無いと感じました。

        啓蒙的な文章ですので、個々のエビデンスの有効射程を意識させるのもいいのではないでしょうか。
        変な健康法の流布に変わりエビデンスに基づく推奨が得られることを歓迎しております。

        いいね: 1人

  3. 安福伸一 より:

    素人にもとても分かりやすく単刀直入な回答でした。

    いいね: 1人

    1. 津川 友介 より:

      安福様、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

      いいね

  4. Iwata Kentaro より:

    「伝統的な」日本食はコメと芋で、「雑穀中心」は必ずしも正しくありません(少なくとも「今」の長寿な日本人のメインな栄養素はコメでした)。これについては別研究が必要だと思っていますが、「コメ=健康に悪い」というエビデンスはなく、また、能登先生らのメタ分析にもあるようにその逆の可能性も残っています。一番エビデンスレベルの高い地中海食にはパンやパスタも含まれています。あくまでプロポーションが大事なので、米やパスタを食べると健康に悪い、というカテゴリカルなメッセージは、やはり科学的とはいえません。たまに行った寿司屋で「ご飯少なめに」とお願いするのはよいかもしれませんが、シャリを残してネタだけ食べるのはやり過ぎってことですね(笑)。  http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/0280.html http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0055030

    いいね: 1人

    1. 津川 友介 より:

      岩田先生、コメントありがとうございます。ご紹介頂いた論文にもあるように、私も低炭水化物ダイエットは体に良くないと考えています。それは炭水化物だけ悪者にして減らす人たちは、その代わりに肉などを食べ過ぎて飽和脂肪酸を過剰摂取してしまう可能性が高いと思われるからです。しかし、もし低炭水化物ダイエットに「低赤肉+低飽和脂肪酸ダイエット」を組み合わせて、魚+野菜+雑穀中心の食事にしたら心血管イベントは減ると思っています(もちろん研究結果を待つ必要がありますが・・・)。白米と糖尿病との間には容量依存性の正の関係が認められます(http://www.bmj.com/content/344/bmj.e1454)。さらには糖尿病と死亡率との間には強い相関がありますので、病態生理的に考えると、白米の摂取量が多くなればなるほど脳梗塞や心筋梗塞のリスクは高くなると考えられます。さらにポイントなのは白米と糖尿病の関係が容量依存性であるということです。すなわち、「バランスが大事で食べ過ぎは良くない」と言うのは正しいメッセージではなく(この場合curvilinearな関係になります)、「どんな量であれ白米の摂取は糖尿病のリスクを上昇させる」と言うのが正しいメッセージだと思います。

      いいね

      1. Iwata Kentaro より:

        BMJの図だとDMの発症リスクのRRはご飯0〜100g/日でそう大きく変わりません。絶対リスクならかなり小さな差となり、DMのアウトカム(CVA, CADやその死亡)を指標とすれば「差はない」になると思います。ましてや、毎日食べなければそのリスクはかなり慣らされるので、「たまに寿司屋」は全く問題になりません。だから、米はゼロにすべき、は間違った結論です。

        いいね

  5. Iwata Kentaro より:

    すみません、舌足らずでした。とくに図のアジア人のデータ(open circle)だと、200/日を超えるまではほとんどRRが動いていません。論文本文にも書かれていましたが、西洋人はそもそもコメを食べる量が少ないのでアジア人ほどインパクトのある差がでていない、ということで左端にデータが詰まっています。200g/日は茶碗いっぱいより少し多いくらい。相撲取りみたいに米ガツガツはダメ、でも米を断つべきかというと、この論文はそう結論できるものではないと思います。

    いいね: 1人

  6. ピンバック: 体によい食事
  7. ピンバック: 究極の食事~実践編

コメントを残す