受動喫煙に関するエビデンスのまとめ(今村文昭氏)

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(写真:Ida Myrvoldクリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

受動喫煙に関して、何が分かっているのかという議論にしばしばなります。論点を整理するため、英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council) 疫学ユニットの疫学者である今村文昭氏に受動喫煙に関するエビデンスをまとめて頂きました。

*****

元々、合法的な嗜好品であるたばこ。しかしこの中毒性の高い嗜好品による健康被害が叫ばれる様になって久しく、近年では禁煙に関する取り組みが世界各国で行われています。日本の現状としては喫煙者・非喫煙者共に漠然と政策を見守っている状況でしょうか。屋内・屋外と禁煙が進む中で非常に肩身の狭い思いをしている喫煙者も多いことでしょう。ともすると両者白熱した議論になりやすい事項ですが、喫煙者に対して居丈高でなく屋内・屋外煙共にその有害性を地道に理解して頂く必要があると思います。

 

私の専門は栄養疫学です。栄養疫学では生活習慣と病気との関係をより明確にすることが課題の1つです。受動喫煙の政策に関する議論には栄養疫学領域でも共通するものがありますので(例:お肉の摂取とがん、減塩政策)それに基づいた考えなどをシェアしたいと思います。(他所で若干の評価を頂いた為、一般向けに書き直す事となりました。)

 

今回、私がここに記す内容は公の情報を私が選んで一般向けに表現したものです。査読を経ない一個人(ここでは私)の文章というものは医学界では価値が低いとされています。それ故、本文に於ける情報の選択や表現は必ずしも最適とは限らない事をご容赦ください。文末に付せられた数字([1]など)は参考文献で、内容はこちら:

 

■世界の疾病の研究から

■受動喫煙と健康に関するエビデンスは?

■どうやって結論を導いたの?

■疾患の発症率(リスク)をみた臨床試験はないが・・(やや専門的な内容です)

■屋内の受動喫煙を抑える政策

■参考文献

 

■世界の疾病の研究から

 

近年、「世界の疾病負担研究」(Global Burden of Disease Study)が様々な環境因子がどれほど私たちの健康に影響を与えているかという推定を行っています[1,2]。日本からは東京大学のグループが参画しています。そして日本を対象とした推定結果では、

・年間約1万人の人が受動喫煙により命を落としています。

・年間約10万人の人が受動喫煙により何らかの害を被っています。

 

この推定は、受動喫煙と次の疾患の発症率(リスク)との関係とその正確さを考慮しています。

・肺がんや感染症を含む呼吸器疾患、心疾患、脳卒中、子どもの中耳炎

 

こうした疾患が日本と世界各国でどれほど発症しうるか、喫煙者、非喫煙者、人口統計などを統計のモデルに組み込んで推定しています。多くの前提に基づいた推定です。従って、天気予報や世論調査、 その他多くの事柄と同様に不確かさを含みます(±30%くらい)。

 

社会ではストレス疾患、アルコール由来の疾患、事故や犯罪、ギャンブルの問題など様々なリスクが潜んでいます。より良い社会環境にすべく各々の分野が努力しています。禁煙もその一環として理解して頂けるように改善していき、最終的にはゼロに近づけるための政策を執ろうというのが現時点での取り組みでしょう。

 

 

■受動喫煙と健康に関するエビデンスは?

 

米国政府、世界保健機構(WHO)、近年のLancet(英国の医学雑誌)などの発表を読み情報を抜粋しました[1,3–5]。次の事柄は確実なものと結論付けられている、あるいは強調しています。

 

・上述の疾患以外に、受動喫煙は低体重出産・乳幼児の突然死のリスクを上げる

 

・肺がんを発生しやすいネズミ(肺がん研究に用いられる)が受動喫煙すると肺がんを患うスピードが上がる

・受動喫煙と病気との関係を示す研究は膨大:受動喫煙にさらされる非喫煙者では、

・血液・尿で喫煙に由来する物質(ニコチンの代謝物質、発がん性物質など)を確認でき、

・気道が荒れる(気道過敏性が高い)、血液が固まりやすい、酸化ストレスが強い、血管の働きが鈍いといった傾向を示し、

・さらに同様の事柄が動物実験でも確認できる

 

・喫煙は発がん性の疑われる物質、大気汚染物質など多くの物質を大気に放つ(不快感を抱かずとも影響がある)

・屋内での喫煙が許されている屋内では、そうでない屋内と比較して、汚染物質の濃度が高い

・屋内での喫煙は、換気の仕様によりビル全体に影響を及ぼす

・屋内での喫煙は、換気機能で制御することは技術的に困難

 

・職場での喫煙の禁止、職場・レストラン・バーでの喫煙の禁止を実施した地域では:

・実施する前と比較して、心疾患の発症率が下がる

・実施する前と比較して、現場スタッフの受動喫煙が減る

・実施する前と比較して、地域の喫煙率が下がる

 

 

■どうやって結論を導いたの?

 

まず、エビデンスは有り無しでは論じません。たとえばネズミの肺の細胞を採り煙草の煙でいぶしたら細胞は死にます。これもエビデンスですが弱いです。これでは何でも害になってしまいます。

 

基本的にエビデンスは強弱で論じます。では何をもって受動喫煙の害についてエビデンスの強弱を考えているのでしょうか。それはWHOなどの国際機関や各国の公衆衛生機関が、

・客観的な視点を持てるであろう専門家を集い、

・客観的であろう科学的な論文を

・できるだけ客観的に集め、

・できるだけ客観的に議論して、

・できるだけ客観的な結論を導きます[3–5]。

 

そしてこの専門家の集うプロセスにて考慮される科学的な論文は多岐にわたります。生物化学的な実験、動物実験、人の研究、地域ごとの研究、環境汚染の研究に及びます。ちなみに煙草会社とコネがある人材、論文は客観的でないと判断され除外されます。

 

動物実験、医学統計、その他すべての研究に問題点があります。それらを考慮した上で「受動喫煙は有害だ」という結論が導かれています。英文で用いられている表現は、unequivocally establish「確実だ」「疑う余地がない」、sufficient to infer/conclude「十分、結論付けられる」というものです。とても強い結論です。

 

 

■疾患の発症率(リスク)をみた臨床試験はないが・・
(やや専門的なので興味のある方だけ)

医学においてもっともエビデンスが強いといえるのは二重盲検ランダム化比較試験を複数回、独立した環境で行い似た結果を得ることができたという状況です。しかし、本件では非喫煙者をランダムに受動喫煙に曝す・曝さないという話になります。発症に何年もかかる肺や心臓の疾患との関係を検証するのは不可能です。それを複数行う事などは更に無理です。元々いかような手法を用いようとも特に医学的統計に完全はありません。

 

ではランダム化比較試験はなくてもよいのでしょうか?次のような事柄を考えてみてください。

 

・社会問題として認識されている

・予防対策について人や地域を対象としたランダム化比較試験がない

・予防対策をしない被害、する効果を説明できる

・予防対策をしないと健康被害があると推測できる/観察できている。

・予防対策をすると何らかの健康被害もあり得る

・しかし必ずしも健康被害があるとは限らない

 

これは「社会問題=交通事故」「予防対策=車のシートベルト」という例です。おそらく当然と思われているであろうシートベルトの使用も過去には議論がありました[6]。米国ではシートベルトをしなくてもよい州もあります。

 

シートベルトをすることによる被害とは何でしょうか?過去、シートベルトの施行後、交通事故件数が増加しました。これは危険な運転が増えたからと考えられています。また腹部圧迫による損傷の懸念もあげられます[7]。シートベルトの利用により長期的に見て重篤な事故件数が減ったと考えたいですがその因果関係は不確かです。車のシステム、公道の安全や教習制度、ドライバーの意識が改善したことが原因かもしれません。しかし、「シートベルトをするかしないか」を比較する実験が必要だという議論には至っていません(私の知る限り)。腹部圧迫などの危険を抑えたシートベルトの開発とともにシートベルトの着用を義務付ける発展を考えるのが妥当でしょう。

 

こうした考察で有名なのが、パラシュートの利用[8]、銃砲所持の制度[9]です。スカイダイビングする際、パラシュートは必須でそれに関する制度もあります。しかし、パラシュート利用の有効性を検証する人のランダム化比較試験(一部のスカイダイバーにパラシュートなしで飛んでもらう)はありません[8]。日本では銃の所持は厳しく規制されています。煙草と違い、獣害の抑制に銃が必要とされることもあります。しかし、銃の必要性、狩猟免許の制度などに関するランダム化比較試験はありません[9]。

 

受動禁煙の政策はこうした事例にならってよいのではないでしょうか。多くの人が、一歩下がって考えれば似たような事例をたくさん思いつくことでしょう。もちろん強いエビデンスがないために、資源を無駄に消費する、害となる可能性が高い事もあるでしょう(例:ある種の代替医療など)。受動喫煙を防ぐ政策についてそういった可能性を考える声はありません。不確定な部分がある中で実施し、「自然実験」(natural experiment [10])やモニタリングを多角的に行い、よりよい社会を目指すのがこうした政策に要求されることと思います。

 

 

■屋内の受動喫煙を抑える政策

 

こうした政策についてもっと研究が必要ではないか等々意見は常にあります。もっと日本由来のエビデンス、特に比較実験が必要だといった主張もありです。しかし屋内の受動喫煙をゼロにした後に政策の修正を図る研究・比較実験を考えるのも選択肢の一つです。例えば、屋内の受動喫煙を禁止した後に換気システムを共有するビル内で日本の工学技術を駆使した喫煙ルームを設けても衛生的にも問題ないか否か、経済的に投資する価値があるかという試験でしょうか。

 

様々な可能性が考えられますが、

・既存のエビデンスが有害性を示している

・非喫煙者の被る煙害はそもそも必要のない害である

ということから、屋内禁煙をスタートラインとするのが現在の議論からは妥当と思います。喫煙者、煙草の小売店や煙草農家への禁煙政策に沿った配慮や支援などもちろん同時に考えましょう。そしてどんな政策が実践されても、公衆衛生学、経済学、環境学、建築工学、心理学などなどの専門領域の方々が協力して然るべき研究を行い誰でも納得できる報告が続けばと願っています。

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今村 文昭(いまむら ふみあき)

2002年上智大理工学部卒。コロンビア大修士課程(栄養学),タフツ大博士課程(栄養疫学),ハーバード大で4年間のポスドク経験を経て,13年ケンブリッジ大にてテニュアを獲得し現在に至る。Annals of Internal Medicine(2010~15年),BMJ(2015年) Best Reviewer。

■参考文献

  1. Forouzanfar MH et al., Global, regional, and national comparative risk assessment of 79 behavioural, environmental and occupational, and metabolic risks or clusters of risks in 188 countries, 1990–2013: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2013. Lancet. 2015;386(10010):2287–323
  2. Global Burden of Disease Study 2015, Seattle, United States: Institute for Health Metrics and Evaluation (IHME) [Internet]. 2016. Available:http://ghdx.healthdata.org (accessed 2017 May 25)
  3. Alavanja M et al., Tobacco smoke and involuntary smoking. IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. 2004;83:1189–1413.
  4. U.S. Department of Health and Human Services. The Health Consequences of Involuntary Exposure to Tobacco Smoke: A Report of the Surgeon General. Atlanta, GA, USA: U.S. Department of Health and Human Services, Centers for Disease Control and Prevention, Coordinating Center for Health Promotion, National Center for Chronic Disease Prevention and Health Promotion, Office on Smoking and Health; 2006.
  5. Committee on Secondhand Smoke Exposure and Acute Coronary Events Board on Population Health and Public Health Practice. Secondhand Smoke Exposure and Cardiovascular Effects: Making Sense of the Evidence [Internet]. Washington, D.C.: National Academies Press; 2010.
  6. Richens J et al., Condoms and seat belts: the parallels and the lessons. Lancet. 2000;355(9201):400–3
  7. Williams JS, Kirkpatrick JR. The Nature of Seat Belt Injuries. J Trauma. 1971;11(3):207–18
  8. Smith GCS. Parachute use to prevent death and major trauma related to gravitational challenge: systematic review of randomised controlled trials. BMJ. 2003;327(7429):1459–61
  9. Santaella-Tenorio J et al., What Do We Know About the Association Between Firearm Legislation and Firearm-Related Injuries? Epidemiol Rev. 2016;38:140–57
  10. Craig P et al., Using natural experiments to evaluate population health interventions: new Medical Research Council guidance, J Epidemiol Community Health, 2012;66(12):1182-86

 

 

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