病院でかかる医療費を知らされると、患者が希望する検査は減るのか?

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(写真:Pictures of Moneyクリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

このたび、聖路加国際大学、慶應大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の共同研究チームは、日本の病院の一般内科外来を受診した外来患者に対して、診察前に検査費用をあらかじめ提示することで、その後の医療費(≒患者の医療サービスに対する需要)がどのように変わるのかを研究しました。その研究結果は2019年7月9日に米国の科学雑誌Social Science & Medicine誌(オンライン版)に掲載されました。

世界的にも医療費の増加は問題となっていますが、日本でも医療費は年間42兆円に達しており、大きな社会問題となっています。米国をはじめとした海外では、増加する医療費に対してそれを抑えるべく、様々な試みがなされています。

米国では、患者が受診する前にあらかじめ医療費を調べることができるサービスがあります。病院間で同じ検査、同じ治療であっても価格が異なる米国では、患者はこのサービスを利用することで、より安価な病院を選ぶことが可能になり、また医療機関間の競争を促進することで、医療費抑制効果が期待されています。また、患者が医療費をあらかじめ知っておくことで、健康の問題とかかる医療費を天秤にかけて、患者が合理的な判断をすることができるのではないかと期待されています。

しかし、日本では米国と違い、医療費は病院に関わらず一定に設定されており、また医療サービスの単価が米国と比べると低いため、同様の結果が得られるとは限りません。

今回私たちの研究グループは、日本の病院において検査費用をあらかじめ患者に提示することで、患者の医療サービス(検査など)の需要(実際にかかった医療費を用いて評価しました)がどのように変わるのかを研究しました。

2016年1月第3週に受診した患者(n=290)に対して、「各種医療サービスの検査費用のリスト」を提示し、比較対照として2015年と2017年の同じ時期に受診した患者(医療費の情報は提供されていません)(n=763)と比較しました。患者の重症度をはじめとする各種要因に関しては、統計的手法を用いてそれらの影響を取り除きました。

結果は、患者一人あたりの総医療費は平均16.1%増えました。また同様に、血液・尿検査費用、画像検査(レントゲン・CT・MRI)費用に限っても、検査費用のリストを提示された人の方が、かかる医療費が多い結果となりました。更には、血液検査及び尿検査を希望する人、またその検査の項目数も多い結果となりました。

Pricetranparency

本研究の結果は、日本のように比較的医療サービスの単価が安い国では、患者が医療費を知ることで逆に医療サービスの需要が高まってしまう(そしてその結果として総医療費も増加してしまう)可能性を示唆していると考えます。また、日本の診療報酬制度下で設定されている医療サービスの単価が、患者の支払い意思額(Willingness-to-pay)を下回っている可能性も示唆されます。

透明性を高めて医療における「情報の非対称性」を解消することは患者の「知る権利」および説明責任の観点から極めて重要なことなのですが、一方でそれによって国の医療費が増加してしまうリスクがあることは私達は十分理解しておく必要があるのではないでしょうか。

論文のリンク:https://www.sciencedirect.com/science/authShare/S0277953619303752/20190717T040800Z/1?md5=0b05b1ab35b26e16b5decfafb53aeb8e&dgcid=author

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0277953619303752?via%3Dihub

参考までに国別のかかる医療費のデータを載せておきます(アメリカなど国によっては病院によって価格が大きく異なるので、あくまで平均的な値であることをご承知ください)。

日本

(保険適用前)

アメリカ スイス オーストラリア
入院費(1日あたり) ¥35,500 ¥522,000 ¥478,100 ¥76,500
MRI撮影 ¥26,00~¥47,000 ¥111,900 ¥50,300 ¥21,500
下部消化管内視鏡検査 ¥5,000~¥30,000 ¥130,100 ¥60,400 ¥37,200
虫垂炎切除術 ¥100,000~¥300,000 ¥1,593,000 ¥604,000 ¥381,400
膝関節置換術 ¥300,000~¥500,000 ¥2,818,400 ¥2,013,200 ¥1,594,100
冠動脈カテーテル治療 ¥2,880,840~¥6,459,485 ¥3,162,000 ¥1,006,600 ¥1,116,400
冠動脈バイパス術 ¥3,690,136 ¥7,831,800 ¥3,422,400 ¥2,888,800

Sources:

International Federation of Health Plans (2015), “2015 Comparative Price Report, Variation in Medical and Hospital Prices by Country”

Peterson-Kaiser Health System Tracker (https://www.healthsystemtracker.org/chart-collection/how-do-healthcare-prices-and-use-in-the-u-s-compare-to-other-countries/#item-the-average-nightly-hospital-price-is-slightly-higher-in-the-u-s-than-in-switzerland-and-much-higher-than-in-australia)

日本のデータは厚生労働省「平成28年医療費の動向」(http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/)

心筋梗塞治療費の日本のデータは東京大学病院のデータを使用(http://www.jcc.gr.jp/journal/backnumber/bk_jjc/pdf/J032-3.pdf)

US$1=100円で換算

3件のコメント 追加

  1. kikkai より:

    大変興味深い研究内容を拝読させて頂きました
    地域医療に従事する外科医師です.
    一点疑問に思ったことがあり,コメントさせて頂きます.
    本研究ではここの患者の経済力を加味できないため詰まるところ受診する患者の属性に影響を受けてしまうと思う(経済的な余裕がない患者ほど検査を忌避する)のですが,その点はどうでしょうか.

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    1. 津川 友介 より:

      コメントありがとうございます。おっしゃる通り、患者の経済力によって影響が変わることはありえると思いますが、実際の政策に落とし込むときに、患者の経済力によって価格の情報を提供するかどうか変えることはほぼ不可能ですので、「政策上の問い」としては経済力の有無に関わらず平均するとどのような影響があるのか、というものになると思います。

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  2. TARO より:

    内科医です。
    この研究の示唆は、患者のwilling ness to payはより高く、医師は患者の希望に応じて検査をしている、ということでしょう。頭痛の患者全員にMRIは必要ありませんが、患者が要求すれば検査しているということでしょう。
    そうであれば、エビデンスが十分でないものは、患者の自己負担割合を上げれば、どうでしょう。そうすれば国の医療費は上がりません。

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