オバマケアによって、低所得者の患者によるプライマリケアや救急外来の受診は増えたのか?

2835463696_8f13ec97bc_o

(写真:dcblogクリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

米国総合内科学会の学会誌であるJournal of General Internal Medicine (JGIM)に、2019年12月12日付で、Cedars-Sinai Medical Centerの五反田紘志先生との共同研究の結果が掲載されました。この論文は、オバマケアにより、低所得者向けの公的医療保険であるメディケイド(アメリカの連邦政府と州政府が財源を提供している)の取得基準が緩和されたことで、低所得者層によるプライマリケア医および救急外来の受診頻度がどのように変化したのか、について検証したものです。

オバマケアは、2010年にオバマ大統領が行った医療保険制度改革Patient Protection and Affordable Care Act(略してACAとも呼ばれる)の俗称で、医療保険を持たない「無保険者」を減らすことを狙ったものです。アメリカは、日本のように国民皆保険制度を持たないため、高額な医療保険を購入することができない無保険者が2010年には人口の16%にも上っていました。この状況を改善するための一つの施策が、オバマケアの一部として、低所得者向けの医療保険であるメディケイドの取得基準を緩和することでした。

メディケイドは、「低所得者層向け」の医療保険とは言ったものの、オバマケア導入前は、ほとんどの州で低所得者というだけでは取得することができず、妊婦であること、子供がいること、あるいは障がいがあること、といった条件を満たさなければ取得することができませんでした。オバマケアは、それを緩和し、一定の所得以下(単身世帯で年間所得180万円以下前後)であれば、誰でも条件なしでメディケイドに加入することができるようにする、と定めました。

ところが、オバマケアのルールに納得がいかない人たちが、オバマケアは憲法違反だ、と最高裁判所にアメリカ連邦政府を訴えたのです。そしてこの裁判の結果、メディケイド取得基準緩和をするかしないかは各州の判断に任せる、ということになりました。メディケイドは各州がかなりの財源を費やして運営していることから、各州の自治を重んじるべきだ、という結論になったのです。この結果、メディケイド取得基準緩和が導入されるはずだった2014年1月1日には、全米51州のうち半分の25州しかこれを導入しませんでした(その後徐々に導入州は増えて、2019年12月現在37州が導入)。

この裁判の結果は、無保険者にだけでなく、医療政策研究者にも大きな影響を与えました。というのも、メディケイド取得基準緩和を導入した州を「介入群」、導入しなかった州を「対照群」として二つを比較することで、この医療政策がどのような影響を与えたかを様々な側面から調べることができる、またとない機会がもたらされたからです。これは、研究者たちがランダムに介入群と対照群に割り付けるランダム化比較試験ではありませんが(各州がそれぞれ制度導入を判断しているため)、疑似実験(quasi-experiment)の手法の一つである差の差分析(DID; difference-in-differences analysis)を用いることで、質の高い因果推論が可能となる状況が生まれたのです(過去のブログ参照)。実際、今回の私たちの研究を含め、数多くの研究がこの手法を用いてメディケイド取得基準緩和の影響について検証しています。

前置きがかなり長くなってしまいましたが、ここから私たちの研究についてご紹介します。

過去の研究から、メディケイド取得基準緩和によって無保険者が減ったということは検証されていました。ですが、メディケイド取得基準緩和によってプライマリケア医や救急外来の受診頻度がどのような影響を受けたかに関しては、研究によって結論が異なり、はっきりとした結論が出ていませんでした。特に、救急外来受診に関しては、2008年のオレゴン医療保険実験過去のブログ参照)においてメディケイドを新たに取得した元無保険者の救急外来受診が40%も増加したため、今回のメディケア取得緩和基準に伴う財政負担を危惧する州にとっては関心の高い話題であり、エビデンスの構築が待たれていました。

そこで、私たちは2010年から2016年のMedical Expenditure Panel Survey(MEPS)と呼ばれる全国調査のデータを用い、メディケイド取得基準緩和によって、低所得者層のプライマリケア医や救急外来の受診頻度が全米レベルでどのように変化したかを検証しました。約18,000人の26歳から64歳の低所得者(緩和されたメディケイド取得基準を満たす人々)のデータを、メディケイド取得基準緩和を導入した州に住む人たち(介入群)、導入しなかった州に住む人たち(対照群)に分け、前述の差の差分析を用いて解析しました。その結果、プライマリケア医受診は増加している傾向はあるものの、救急外来受診には意味のある変化は見られない、ということが分かりました。

メディケイド取得基準緩和の大きな目的の一つとしては、無保険者に保険を持ってもらうことで、医療へのアクセスを改善し、病気が進んでから受診するのではなく(救急外来など)、早めにプライマリケア医を受診して予防医療を受けてもらう、という点が挙げられます。今回の我々の研究結果は、メディケイド取得基準緩和がその意味で成功していることを示唆しているといえます。また、救急外来受診が増加していなかったという結果も、これからメディケイド取得基準緩和を導入しようと考えている州には、安心材料となると考えられます。

原著論文(JGIM): https://link.springer.com/article/10.1007/s11606-019-05458-w

UCLAのプレスリリース:http://newsroom.ucla.edu/releases/er-visits-medicaid-expansion-affordable-care-act

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中