米国総合内科学会の学会誌であるJournal of General Internal Medicine (JGIM)に2020年6月4日付で、東京大学の宮脇敦士先生、ハーバード大学医学部の長谷川耕平先生との共同研究の結果が掲載されました。この論文は、新型コロナウイルス(COVID-19)対策のための教訓として同じ呼吸器感染症であるインフルエンザを例にとって、ホームレスの人々のインフルエンザによる入院医療の利用状況を検討したものです。
新型コロナウイルスが世界中で猛威を奮っています。米国でも、190万人が新型コロナウイルスに感染し、11万人が死亡したと推計されています(6月6日現在)。未だピークアウトには至っていない地域もある上、今後、活動制限の緩和に伴い、流行の「第2波」が来ることも警戒されています。特に都市部では、病院のベッド不足や人工呼吸器の不足が懸念されています。これらの限りある医療資源の不足は、新型コロナウイルス感染症だけでなく、その他の緊急性の高い疾患の治療にも影響を及ぼす可能性があります。
米国ではホームレスが長年、深刻な社会問題になってきました。ここでのホームレスは「路上生活者」だけでなく、シェルターなどの一時的な宿泊施設に滞在している「不安定な住環境にある(housing insecurity)」人々も含んでいます。50−60万人がホームレス状態にあると推計されており、25人に1人が一生の間にホームレスを少なくとも1度は経験するという報告もあります。そして、今回のコロナウイルスのパンデミックに伴う経済的ショック・失業の増加は、ホームレスをさらに増加させる懸念もあります。
ホームレスの人は、もともとの健康状態が悪かったり、プライマリ・ケアへのアクセス不足や環境要因(例えば、人の出入りや密集度が高いホームレスシェルター)などの要因により、感染症罹患のリスクが高いとされています。そのため、今回の新型コロナウイルス感染症の流行でも、ホームレスの人々が感染のホットスポットとなってしまうのではないかと懸念されています。
しかし、ホームレスの人々における感染症が、どの程度の医療資源(病院のベッドや人工呼吸器)の利用につながっているのか、ということはこれまで明らかではありませんでした。病院のベッドや人工呼吸器のような医療資源は数に限りがあり、必要性が増しても急には増やせないという特徴があります。特に、今回のコロナウイルスの流行においては、ホームレスの人々が使う医療資源の程度によっては、ホームレスではない人も含めた一般の人々への医療提供体制に影響する可能性が危惧されます。
そこで、私達の研究グループは、新型コロナウイルスと同じ呼吸器感染症であるインフルエンザを例に取り、ニューヨーク州(全米でもホームレスの多い州の1つ)における、ホームレスの人々の医療資源の利用を調べました。
2007年7月-2012年6月に、ニューヨーク州の急性期病院から退院したすべての患者の情報をもとに、インフルエンザによる入院を集計した結果、6.4% がホームレスの人々による入院でした。これは、ニューヨーク州のホームレス人口が、全人口の0.4%に過ぎない((約8万人 vs. 約2000万人)ことを考えると、かなり高い値です。
下図のように、ホームレスの人のほうが、ホームレスでない人よりもインフルエンザによって入院する確率が高く、2009年のH1N1インフルエンザのパンデミックの時には、29倍(1000人あたり2.9人 vs 0.1人/ 月)もの入院率を呈していました。
さらに、インフルエンザによる入院をした患者の中では、患者の背景因子を揃えると、ホームレスの人のほうが、ホームレスでない人より救急外来から入院する人の割合が9%(95%信頼区間, 4%-14%; P<0.001)高く、人工呼吸器が必要となる患者の割合も58%(95%信頼区間, 3%-143%; P=0.04)高い結果が得られました。一方で、院内死亡率は両者の間で変わりませんでした。
今回の私達の研究結果は、感染症の流行下でのホームレスの人々の間における感染制御と予防(例えば、ウイルス検査の閾値を下げる、一時的な住宅を提供して衛生状態を改善する、シェルターにおけるソーシャル・ディスタンス)の重要性を示唆しています。また、ホームレスの人々が呼吸器感染症により、医療資源を大きく消費していることは、これらの集団に対する介入が、社会全体の医療提供体制維持のためにも重要である可能性を示唆しています。
日本のホームレスは、米国よりも少ない(2019年の厚生労働省の調査では、4500人)と考えられていますが、「ネットカフェ難民」や簡易宿泊所の宿泊者などの安全な住環境が確保されていない人々も含めると、更に多いと推定されます。新型コロナウイルスの流行状況次第では、日本でもホームレスの人への感染対策に留意が必要だと考えられます。
原著論文(JGIM):https://doi.org/10.1007/s11606-020-05876-1
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