このブログに関して

日本がかつてない高齢化社会を迎える今、医療の質がもっと高くなり、国民が安心して医療を受けることができ、医療費増大による税や保険料による過度な負担を避けることができるようになるためには、学術的な理論(セオリー)と科学的根拠(エビデンス)の両方を兼ね備えた「綿密にデザインされた医療政策」が必要不可欠です。アメリカではオバマケアに見られるように大学やシンクタンクなどのアカデミアで得られた知見がスムーズに政策に生かされ、エビデンスに基づいた医療政策が立案され、実行されています。そのため、アメリカは医療費の伸びを抑えられるようになってきており、医療の質も少しずつですが良くなっていることが明らかになっています。その一方で、日本では医療政策学に関する質の高いエビデンスは少なく、エビデンスに基づく政策はあまり取り入れられていないと思われます。

このブログでは、私がアメリカで学んでいる医療政策・医療経済学に関するセオリーとエビデンスのうち、普遍性があり、日本の医療にも適用できると考えられるものを中心にご紹介しています。医療政策学とは単一の分野ではなく、以下のような領域のセオリーとエビデンスを必要とする多分野横断的な学問です。私の専門が統計学であることや、私の博士課程時代の指導教官の一人が医療経済学者のジョセフ・ニューハウス教授であったことより、統計学と医療経済学に少し偏った内容になっておりますが、他のフィールドに関しても医療政策学を理解する上で必要な知識はカバーしています。

医療政策学の構成分野

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  1. 医療経済学(Health economics)
  2. 政治学(Political science)
  3. 統計学(Evaluative science & statistics)
  4. マネージメント・経営学(Management)
  5. 倫理学(Ethics)
  6. 決断科学・費用効果分析(Decision science)
  7. 医療社会学(Medical sociology)

※ハーバード大学医療政策学博士プログラムに関して

私がPhDを取得したハーバード大学の医療政策学博士プログラムは、1992年に医療経済学者ジョセフ・ニューハウスによって設立されたプログラムであり、ハーバード大学(Harvard University Graduate School of Arts and Sciences)および5つのプロフェッショナル・スクール(ハーバード・ビジネス・スクール、ハーバード公共政策行政大学院、ハーバード法科大学院、ハーバード・メディカル・スクール、ハーバード公衆衛生大学院)によって構成された集学的なプログラムです。ハーバードの大学院は、いわゆる「全学」であるGSASとその他のプロフェッショナルスクール(ビジネススクールや公衆衛生大学院など)の2種類に大別されます。ハーバードでPhDを出すことが許されているのはGSASだけで、プロフェッショナルスクールはそれぞれ独自の博士号を出しています(歴史的にはGSASとのジョイントプログラムとすることでGSASからPhDを出していましたが、最近では各校でもPhDを出すようになってきました)。

ハーバード大学の医療政策学博士プログラムは単一のプログラムであるものの、その中で医療経済学、医療経営学、統計学、政治学、決断科学、医療倫理学という6つの専門分野に分かれています。ハーバード・ビジネススクールの医療経営を専門とした博士課程も、ハーバード公衆衛生大学院の医療政策学のプログラムも、現在では本プログラムの一つの専門分野という位置づけになっており、現在はハーバードで医療政策にかかわる博士課程は全て本プログラムに統合されています。

Committee

(ハーバード大学博士時代の指導教官。左から、アラン・ザスラフスキー、ジョセフ・ニューハウス、アヌパム・ジェナ、アシシュ・ジャ)

津川 友介(つがわ ゆうすけ)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)准教授(医療政策学、医療経済学)、ランド研究所 Physician Policy Researcher、日本医療政策機構 理事。日本で内科医として勤務した後に、世界銀行勤務を経て現職。ハーバード大学博士課程修了(PhD)。著書に、週刊ダイヤモンド「ベスト経済書2017」の第1位に選ばれた「原因と結果の経済学」(2017年、ダイヤモンド社、中室牧子氏と共著)、発売10日で10万部突破の「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」(2018年、東洋経済新報社)
※お問い合わせ、講演依頼などはhealthpolicyhealtheconあっとgmail.com(あっとを@に変換して)までお願いいたします。
twitter: @yusuke_tsugawa

12件のコメント 追加

  1. 佐藤 譲 より:

    書評にみちびかれて訪れました。「沈みゆく大国アメリカ」への評価は正論だと思います。ほかのコンテンツも、新しい医療を考えるうえでたいへん参考になります。今後ともよろしくお願いします。

    いいね: 3人

    1. Yusuke Tsugawa より:

      佐藤 譲様、コメントありがとうございます。少しでも日本の医療を支えておられる皆様のお役に立てれば幸いだと思い筆を進めております。今後とも何卒宜しくお願いいたします。

      いいね: 1人

  2. 東京医科歯科大学大学院医療管理政策学OBの渡部と申します。津川先生の医療政策×経済の課題設定、お考えなど大変勉強になります。※本学の仲間には聖路加のメンバーもおります(原茂マネージャー他)
    おなじ領域でご一緒する機会を楽しみにしています。今後ともご指導のほど何卒よろしくお願いします。

    いいね: 2人

    1. Yusuke Tsugawa より:

      渡部直洋様、コメントありがとうございます。日本の医療政策をできるだけエビデンスベースドにするために必要になると思われる「ツール(方法論)」をここにまとめております。日本でもこれらが広まって、一緒に医療政策研究を行う仲間が増えてくることを祈っております。今後とも宜しくお願いいたします。

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  3. 池田俊一 より:

    医学書院の医学界新聞での先生のご対談を拝見しました。その中に「病院がガイドラインに則った治療法を提供しても、患者さんの予後を改善しないというエビデンスがある」という内容の文には、ガイドラインに則って治療を行っているものとして大変な驚きです。pubmed、Googleでそのエビデンスになる論文を検索しましたが見つけることができません。もしその論文をご教示いただければ幸いです。勉強させていただきたいと思っております。

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    1. 津川 友介 より:

      池田先生、

      コメントありがとうございます。私はガイドラインが患者のアウトカムを改善しないとは対談で言っていませんし、そもそも思ってもいません。むしろガイドラインのほとんどはEBMに基づいて選択されているので、ガイドラインに基づく医療は患者のアウトカム改善につながると信じています。記事の中で先生のご指摘の部分はP4Pに関してのものであり、ガイドライン遵守と患者アウトカムとの相関を説明したものではありません。以下に該当部分を引用します。

      ”医療政策の世界でも,ペイ・フォー・パフォーマンス(P4P)といって,病院がガイドラインに則った治療法を提供する,または患者さんのアウトカムが良ければボーナスを与える支払い方式があるのですが,どちらも患者さんの予後を改善しないというエビデンスがあります。”(http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03162_01)

      ここで私がコメントしたのは、P4Pが患者のアウトカムを改善するかに関しては、改善しないというエビデンスの方が圧倒的に多いということです。そして、P4Pには、(1)ガイドライン遵守率などのプロセス指標の達成に対してボーナスを与えるものと、(2)患者のアウトカムが達成できた場合にボーナスを与えるものの2種類がある、ということを述べたのです。この2つのメッセージを(紙面の都合上)一文でまとめた結果、上記のようになりました。

      P4Pのエビデンスに関してはブログにも書かせて頂いたのでこちらをご参照ください。
      https://healthpolicyhealthecon.com/2016/02/15/pay-for-performance/

      また何かあればコメント頂けると幸いです。今後とも何卒よろしくお願いいたします。

      津川 友介

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  4. 本田 靖(筑波大学体育系,環境保健学を専攻,気候変動の健康影響を研究しています) より:

    最近ベイズ統計を用いるようになってきており,興味深く拝見させていただきました.ありがとうございます.ただ.1点表現で気になる部分がありましたのでご報告します.
    頻度論vs.ベイズ統計(後半)の中に「回帰分析ではβ係数が暴露因子とアウトカムの相関を意味するため」という記述がありますが,「相関」という用語よりは一般的な「関連」という言葉の方が適切のように思われました.

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    1. 津川 友介 より:

      おっしゃる通りですので修正させて頂きました。ご指摘ありがとうございます。

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  5. 内科医師 より:

    初めまして。インターネットの記事と著作を拝見させていただきました。地方の病院で5年目の医師をやっているものです。現場での仕事において医療経済的な面で病院の方針や政策上の決まりに矛盾を感じることが多々あり、統計や医療政策・経済に興味を持ち始め、先生の考えに共感を持ちました。そうした分野の方々の経歴をみると海外で学ばれている方が多いですが、国内で学ぶ場合どこで学ぶのが良いと思われますか?あまりキャリアパスの情報がなく、ご教示いただけると幸いです。お忙しい中不躾なお話で申し訳ありません。

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    1. 津川 友介 より:

      ご連絡ありがとうございます。日本では「エビデンスに基づく医療政策」の重要性は年々高まっているにもかかわらず、定量的な医療政策研究ができる人材が不足しているというのが実情だと思います。私の場合も国内に学ぶ場所がなかったため、渡米したという経緯があります。現在「医療政策学」の入門書を執筆中(ハーバード大学の医療政策学のPhDで必要な知識をコンパクトにまとめた本)で、今年中に出版できると思いますので、それを読んで頂ければ独学でもかなりの部分は理解して頂けると思います。UCLAの私の部署でも日本人の若手研究者の受け入れをしておりますので、ご関心があればメール(ホームページ上にメールアドレスを掲載しております)を頂けると幸いです。

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