『「学力」の経済学』を読んで

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今話題の、慶應大学の中室牧子先生の『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年)を読ませて頂きました。私は医療政策における「エビデンス・ベースド・ポリシーメイキング(科学的根拠に基づいた政策立案)」の重要性を訴えているのですが、教育の分野で同じように「エビデンス・ベースド・ポリシーメイキング」の必要性を訴えているのが中室先生です。

結論から言うと、この本は、教育政策に関わっている人、実際に現場で教育に関わっている人、子どもの教育に関して悩んでいる人には必読の本であると思いました。一般向けのさらっとした感じの読みやすい本を想像していたのですが、見事に(良い意味で)想像を裏切られました。教育経済学の研究で分かっている知見やデータを次から次へと引用しながら、教育に関して何が分かっていて何が分かっていないのかをバッサバッサと明確にしていくという、読んでいて気持ちの良い本でした。易しい表現が使われているのでとても読みやすい本なのですが、内容のレベルは高いことが驚きでした。どれくらいレベルが高いかと言うと、後半ではランダム化比較試験だけでなく、なんと回帰不連続デザインまで説明されていました。こんなに平易な言葉でこのような複雑なコンセプトを説明することができるのかと感銘を受けました。いずれにしても、教育に関する日米のエビデンスが網羅されていると言っても良いと思います。とても勉強になりました。

本当に非の打ち所の無い良書なのですが、改善できるかもしれない点をあえて挙げてみます。本書の中で紹介されている研究のほとんどはランダム化比較試験であると書かれていましたが、数は少ないのですがシンプルな記述統計や、その記述手統計のデータから色々なことを解釈している部分があり、経済学や統計学のトレーニングを積んでいない人であったらどれがエビデンスレベルの高い科学的根拠で、どれが単なる相関関係に過ぎないのか、間違って理解してしまうところもあるのではないかと思いました。それぞれに関してエビデンス・レベルを明確にしてあると誤解が少ないかもしれません。あとは本書の中には米国の研究結果と、日本からの研究結果が混在しているため、混乱してしまう人もいるのではないかと思いました。教育に関するトピックを、①米国でも日本でもエビデンスが確立しているもの(ほとんど無いと思いますが・・・)、②米国ではエビデンスはあるものの日本ではまだ研究されていないもの、③米国でも日本でもエビデンスがなくコンセンサスが得られてないこと、の3つのカテゴリーに分けて、それぞれ何が言えるのかまとめてあると、実際に教育政策を立案している人や、教育に関わっている人が短時間で全体像を理解できてより良いのではないかと思いました。

ハーバード公共政策大学院の教授でもある医療経済学者アミタブ・チャンドラによると、国民の健康状態を向上させたいと考えたときに最も効果的な(費用対効果の高い)政策は、医療制度を整備することよりも「教育」に投資することです。医療と教育、どちらか一つが重要でもう片方は放っておいても良いと言うことではありませんが、現実問題として医療により多くの税金を投入すればその分教育にかけることのできるお金は減り、逆に教育に税金をたくさん投入すれば医療に使えるお金が減ってしまいます。医療は医療、教育は教育とバラバラに考えるのではなく、国全体の資源分配のバランスを考えたマクロな視点に基づいた「エビデンス・ベースド・ポリシーメイキング」が必要な時代なのだと私は思います。

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