なぜ日本の予防接種は欧米と比べると遅れているのか?

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(写真:Pan American Health Organization PAHOクリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

日本の予防医療は欧米と比べると遅れているのですが、ワクチンは特に遅れていると思います。アメリカでは多くの場合、インフルエンザワクチンは全ての人が無料で受けられますし、大人が(子どもの頃に受け忘れた)風疹や麻疹のワクチンを受けても無料です。保険会社からすると、きちんとワクチンを接種してもらうことで防げる病気を防ぐというのは合理的な判断です。それに対して、日本ではワクチンのような予防医療は医療保険でカバーされていないこともあり、住んでいる自治体によっては自費ということもあります。

2014年に、世界銀行から国民皆保険制度に関するレポートが出版されました。このプロジェクトでは、皆保険制度中心に日本の医療制度に関して総合的な評価が行われました。その一部において、私は日本の予防接種対策の問題点に関するレポートを作成しました。予防接種に関する日本の現状を理解するのに参考となる資料だと思いますので、ここに一部転載させて頂きます。

※このブログ記事では予防接種に関するところだけを抜粋しておりますので、保健所の役割に関してきちんと理解したい方は、元のレポート(リンク)を参考にして下さい。

※英語で書かれたレポートを日本語訳したものですので多少不自然な表現もありますがご了承ください。一部表現を変更した箇所は下線で示しました。

※後述の不活化ポリオワクチンは2012年9月1日から、水痘ワクチンは2014年10月1日から、B型肝炎ワクチンは2016年10月1日から定期接種となっており、様々な点において改善が認められています。しかし、インフルエンザワクチンや、小児の頃に受けられなかったワクチンを成人になってから受けようとすると自費になったりと、未だにアメリカに比べると遅れている点があります。

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予防接種政策

日本の予防接種政策には、一貫性に欠ける部分があるようにも見える。新三種混合(麻疹、流行性耳下腺炎、風疹)ワクチンは 1989 年に導入され義務化された。しかし、流行性耳下腺炎に対するワクチンに関連した無菌性髄膜炎の発症例が報告され、こうした事態に対する世間の懸念が広がったため、1993 年にこのワクチンの接種は中止された(Terada 2003)。翌 1994年には、全てのワクチンが「義務規定」から「努力義務規定」に緩和され、以降、接種義務が公立学校入学の条件となっているアメリカのような、予防接種を確実に実施させるメカニズムは日本には事実上存在していない。さらには、多くの先進国で接種が推奨されている水痘(注1) 、流行性耳下腺炎、B 型肝炎の予防接種は、日本の「努力義務規定」の対象にすら含まれておらず、その結果、日本では被接種者負担で任意接種されている(注2)。日本政府は予防接種について歴史的にあまり強い立場をとってこなかった。これはおそらく、政治が国民の視点や懸念に敏感であること、予防接種の副作用に苦しむ患者からの訴訟を危惧していること、そして国内のワクチン会社を助成する保護主義政策をとっていることなどが原因であると考えられる。 これが数々の問題を生んでいると考えられる。

2013 年、日本全国で風疹が大流行し、検査により 8500 例以上が確認され(O’ Connell 2013)、2012 年 10 月から 2013 年 9 月までに少なくとも新生児 18 人が先天性風疹症候群と確認された(国立感染症研究所 2013)。米国CDC は、この流行を受け、ワクチン未接種の妊婦は日本への渡航を控えるようにと公式に注意を呼びかけた(O’ Connell 2013)。20 歳から50 歳の男性のうち約 15%が風疹の抗体検査で陰性を示したとのデータに基づき、日本の医療専門家は、国内に麻疹・風疹ワクチンが不足していれば海外からMMRワクチンを輸入し、風疹の予防接種を受ける成人に政府補助金を出して(日本では乳児の予防接種には政府の補助金があるが、成人の予防接種には補助金はない)、20 代から 40 代の人を対象に集団予防接種を実施するよう提案した。しかし、日本政府は、妊婦が周りにいる人や、これから妊娠を計画している女性を優先対象とすることで、国内のワクチン不足を乗り越えることとし、海外からのワクチン輸入も成人のワクチン接種者への助成金も実施しないことに決めた。

日本では麻疹の大流行も過去に何回も発生している。1991 年の大流行では 6 万 8980 例が確認され 39 人が死亡した(Nakatani et al. 2002)。また2008 年にも大流行があり、1 万 1007 例が確認されている。2005 年には麻疹の人口 10 万対発生率は 4.70 であり、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均 1.22 を大きく上回っていた(Armesto et al. 2006; Johnson et al. 2009)。

世界保健機関(WHO)はポリオ根絶を果たした国ではポリオ・ワクチンを経口ポリオ・生ワクチン(OPV)から 不活化ポリオ・ワクチン(IPV)に切り替えるよう勧告しているにもかかわらず、日本(2000 年に正式にポリオ根絶宣言がなされている)は最近まで OPV を使い続けており、それが原因の弛緩性まひ(IPV では起こらない)引き起こしている可能性がある。日本政府は、IPV を外国から輸入できたにもかかわらず、国内で日本企業により IPV が生産されるようになるまで待つこととしてきた。2012 年になってやっと、患者の権利擁護団体からの圧力を受けていたこともあり、厚労省はサノフィパスツール社が製造した外国製 IPV を認可し、2012 年 9 月から販売が始まった。その後、ジフテリア、百日咳、破傷風、IPV が含まれた国産の混合ワクチンが日本企業により開発され、2012年11月から使用可能になった。

(中略)

考察

保健所は、日本の UHC への取り組みにおいて、医療保険制度の対象となる医療サービスを補完する形で、歴史的に重要な役割を果たしてきたように見える。しかし近年、その役割は弱くなってきているようである。これはおそらく、公衆衛生に関する近年の問題に対応できるように適切に制度設計が見直されていないこと、予算制度により保健所や市町村保健センターが公衆衛生サービスを拡大するインセンティブが与えられていないこと、アメリカの CDC のような科学的根拠に基づいた医療政策をサポートする機関がないことなどが原因であると考えられる。日本は、保険者、保健所、市町村保健センター、および末端の予防接種プロバイダーである医師会(開業医等)の間でより強い連携と協調を進めることにより、公衆衛生提供体制をさらに強化する必要がある。予防医療(例えば予防接種やがん検診)のそれぞれにどの機関が責任を有するかを明確にし、そのパフォーマンスを監視・評価することで、こうした連携を改善することができると考える。もしくは、予防医療を既存の診療報酬制度に組み込み、そうしたサービスを医療保険制度の枠組みの中で提供することにより、医療提供者にこうしたサービスを提供のするインセンティブを与えるという選択肢もある。

(注1)2014 年 1 月、日本政府は水痘と肺炎球菌のワクチンを「努力義務規定」のワクチンに含めることを決定した。

(注2)日本では ワクチンは、定期予防接種と任意予防接種の 2 つのカテゴリーに分けられている。定期予防接種は、政府が努力義務接種とするもので、政府の補助金の対象となる(乳児が接種する場合に限る)が、任意接種は原則として被接種者負担となる(市町村によっては費用助成がある)。

3件のコメント 追加

  1. 公衆衛生好き小児科医 より:

    津川先生、いつも勉強になっています。
    今回は日本のワクチンの歴史をご紹介頂き、大変学びになりました。私自身が把握していなかった情報も多々ありました。日本でHPVなどの話題を出すと、一部の反ワクチン派から痛烈な攻撃を受ける状況にあります。最近でも「ワクチンの副作用の恐怖」という本が発売され話題になっています。そのAmazonレビューのやりとりにもそういった状況が現れています。

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    1. 津川 友介 より:

      コメントありがとうございます。日本は色々と難しい点もあると思いますが、ワクチンで防げる病気で亡くなったり障害を持ってしまう人を無くしたい、生まれてくる子どもに障害を持ってもらいたくないなど、最終的に目指しているゴールは一緒だと思います。政策に関しては歴史的背景がある(「経路依存性」に関するブログ記事もご覧ください→https://healthpolicyhealthecon.com/2014/09/07/path-dependence/)のでそれを理解しつつ、ワクチンの効果や副作用に関するエビデンスを粘り強く伝え続けるしかないのかなと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

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