妊娠中の女性にとっての「究極の食事」

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(写真:Ⅿeaganクリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」では、健康な人がどのような食事をすれば健康を維持できる確率が高まるか説明した。

しかし、人生の中で色々な状況が変われば、最適な食事が変わってくることもある。おそらく人生の中で最も食事のことが気になるのは女性が妊娠した時ではないだろうか。妊娠中の女性にとっての食事は、自分の健康だけでなく、生まれてくる赤ちゃんの健康に影響を与えてしまうからである。

女性が妊娠すると最適な食事は変わってくる。胎児の体の組織(器官)が作られる大事な時期であるため、そのために十分な栄養を摂取しておく必要があるからである。つまり、お母さんの健康と胎児の健康の両方を考えなくてはならなくなる。ここでは妊婦が食事に関して気を付けるべきことを説明するが、ここでは特に健康上の問題の無い妊婦を想定している。もし何か病気を持っていたり、妊娠に関連する併存疾患がある場合(妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病など)は、かかりつけの産科の先生と食事に関してしっかりと相談してほしい。

葉酸

妊娠中の女性にとってまず何よりも重要な栄養素は「葉酸」である。葉酸はビタミンB群の一種であり、緑黄色野菜、果物、海苔、レバーなどに多く含まれる。妊娠中には通常の約2倍の量が必要となり、これが不足すると胎児の二分脊椎と呼ばれる先天異常のリスクが高まることが分かっている。実はこの二分脊椎という先天異常であるが、多くの先進国で発生率が減少しているのにもかかわらず、日本では年々増え続けている。

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(出典:International Clearinghouse for Birth Defect Surveillance and Research.Annual Report 2014

食事だけで十分量の葉酸を摂取することは難しいため、妊婦は葉酸のサプリメントを摂ることが推奨されている。ただ難しいのはそのタイミングである。葉酸のサプリメントは妊娠1か月前から飲み始める必要があるのである。つまり、妊娠に気づいた時に飲み始めるのでは遅い。妊娠を計画していてあらかじめ葉酸のサプリメントを摂取している人は良いのだが、予期せずに妊娠してした人の中には残念ながら葉酸のサプリメントを摂っていなかったという人もいる。妊娠の具体的な計画の有無に関わらず、妊娠する可能性がある女性はぜひ葉酸のサプリメントの摂取をおすすめしたい。

葉酸のサプリメントは子どもの二分脊椎のリスクを下げるだけでなく、自閉症のリスクを下げると報告されている(正確には、米国1とノルウェー2で行われた研究では自閉症のリスク減少が認められたが、デンマークの研究3,4では関係は認められなかった)。二分脊椎と同様に妊娠4週間前から妊娠8週までに葉酸サプリメントを摂取している人でリスク低下が認められたため、神経の発達と自閉症が何らかの形で関係しているのではないかと考えられている。

それだけでなく、葉酸のサプリメントは胎児の先天性心疾患(心臓の病気)のリスクを28%下げると報告されている。5葉酸は胎児にとって必須の栄養素であると言っても過言ではないだろう。

ではどれだけの量のサプリメントをどのタイミングで飲めば良いのだろうか?米国では、妊娠1か月前から妊娠2~3カ月後まで400~800μg/日の葉酸サプリメント摂取が推奨されている。その後は、600μg/日摂取することが推奨されている。6

市販されている妊娠準備のサプリメントのほとんどには葉酸が含まれているものの、ものによっては葉酸の含有量が少ないことがある。上記の自閉症の研究では、400μg未満であれば自閉症のリスク低下が認められなかったこともあり、また妊娠中期以降は600μg /日必要になるため、十分量の葉酸が含まれているサプリメントを摂取することがよいだろう。

ビタミンD

おそらく葉酸の次に重要な栄養素にビタミンDがある。2018年に報告された24個のランダム化比較試験をまとめた研究によると、ビタミンDのサプリメント摂取によって、胎児の発育不全のリスクが28%減少したと報告されている。7妊娠用のサプリメントを摂取している人は、ビタミンDも含まれていることを確認してほしい。

摂りすぎると危険なビタミンA

取り過ぎることで胎児を危険にさらしてしまう栄養素があり、その中でも代表的なものがビタミンAである。サプリメントなどでビタミンAを摂りすぎると、胎児の先天異常のリスクが上がると報告されている。ビタミンAはサプリメントだけでなく、レバーなどに多く含まれる。前述のようにレバーは葉酸を含むという点では良いのだが、ビタミンAの過剰摂取になってしまう可能性もあるので、葉酸はレバーを大量に食べることではなくできればサプリメントで摂取した方がよいだろう。

妊娠中はカフェインは控える

カフェインには血管を収縮させる作用があるので、妊娠中に大量に摂取することで流産や胎児の発育に悪影響を与える可能性が示唆されている。どれくらいの量までなら大丈夫なのかという正確なエビデンスはないのだが、米国産婦人科学会(ACOG)は妊娠中はカフェインの摂取量を1日200㎎未満にするように控えるように推奨している。コーヒー100mLにはカフェインが60㎎含まれているので、1杯150mLとすると、妊娠中はコーヒーは1日2杯までに控えた方がよいだろう。

コーヒー以外にもカフェインを多く含む飲料があるので注意が必要である。例えば、玉露100mLあたり160㎎と、実にコーヒーの2.5倍以上のカフェインが含まれている。その他にも、紅茶、ウーロン茶、煎茶、ほうじ茶、エナジードリンクにも多くのカフェインが含まれるので、妊娠中は控えた方がよいだろう。またカフェインの量は多くないものの、ジャスミンティーには子宮収縮作用がある可能性があるので避けた方がよいとされている。

食事からの感染症に注意

妊娠中は免疫力が落ちていることもあり、感染症にかかりやすくなっている。そのため、基本的には生ものは避ける必要がある。特に生肉(生ハム、ローストビーフ、ユッケ、とりわさなど)は避け、肉は十分に加熱して食べることが推奨される。それ以外にも、妊娠中に感染することで、赤ちゃんに障害が出てしまう感染症もある。有名なものとして、リステリア菌とトキソプラズマの2つがある。

リステリア菌とは、ナチュラルチーズ(殺菌処理されていないチーズ)、生ハム、スモークサーモンなどを通じて感染する。妊娠中の人が感染すると、風邪のような軽い症状で済むことがあるが、胎盤を通じて胎児が感染した場合、早産、流産、死産の原因となるだけでなく、赤ちゃんに髄膜炎や水頭症、精神・運動障害などがみられる場合もある。

トキソプラズマは生焼けの豚肉の摂取によって感染する。さらには猫の糞などを介して感染することもある。ガーデニングの土に猫の糞が混ざっていて、そこから妊婦が感染することもあるので、妊娠中の人は土いじりは避け、野菜や果物(特に土付きのもの)はよく洗って食べるようにしてほしい。トキソプラズマも胎盤を通じて胎児に感染し、流産・死産だけでなく、赤ちゃんに脳や眼の障害を引き起こすことが知られている。

妊婦の感染予防に関しては、以下のポイントをおさえておいてほしい。

  • 肉は十分に加熱して食べる(生肉は食べない)
  • ナチュラルチーズ、生ハム、スモークサーモン、肉のパテは食べない
  • 野菜や果物(特に土付きのものには注意が必要)はよく洗って食べる
  • 生肉に触れたあとは手や調理器具をよく洗浄する
  • ガーデニングなど土に触れる作業は避ける(どうしてもしないといけない時には手袋をして、その後はよく手を洗う)
  • 猫との接触は注意して、糞尿処理は避ける

妊娠中のその他の食事

その他の食事や栄養素に関しての推奨は下記にまとめる。日米で少し違うのだが、必ずしもすべてエビデンスがあるわけではないので、両者を見比べて自分にとって最善の食事を見つけてほしい。

表.妊婦に推奨される食事基準

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(注)日本の基準に関して、体重増加の目安以外は、厚生労働省.日本人の食事摂取基準(2015 年度版)「日本人の食事摂取基準(2015 年度版)」10より。米国の推奨量はUpToDate11より。

妊娠中の体重増加

この中でも特に注目してほしいのが、体重増加の目安である。日本では昔から「小さく生んで大きく育てよ」と言われている。これは生まれたときの赤ちゃんの体重は軽い方がよく、その代わりに生まれた後で大きく育てるのがよい、ということを意味している。帝王切開の技術が十分に発展していなかった時代に、妊産婦が出産によって死亡するリスクを低下させるためにそのように言われてきたとされている。

日本ではこのような言い伝えや近年の女性の「やせ願望」も手伝って、世界でも低出生体重児が多い国なのであるだけでなく、驚くべきことに低出生体重児の割合が年々増加しているのだ。

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(出典:OECD, 2013)

数多くの研究によって、出生時体重が少ない方が、成績・学歴・収入・健康状態が悪いことが証明されている。胎児がお母さんのお腹の中にいる時には十分な栄養が届いておらず、それに身体が慣れてしまい、生まれた後に十分な栄養を摂取した時に身体が順応できずに、糖尿病などの生活習慣病になったり、心筋梗塞などのリスクが高くなってしまうのではないかと考えられている。

以上のように、妊娠中と非妊娠時で推奨される食事が大きく異なる。妊娠する可能性がある女性は具体的な計画がなくても、予防的に葉酸などを含んだ妊娠用のサプリメントを摂取しておいてほしい。妊娠中の体重増加が少なすぎると、生まれてきた子どもに学業や健康面で長期的な悪影響を及ぼすと考えられているため、赤ちゃんのためにも、妊娠中の女性はしっかりと食べて十分体重を増やすことが推奨される。

※この記事は、小説すばる(2019年5月号)からの転載です。

引用文献

  1. Levine SZ, Kodesh A, Viktorin A, et al. Association of Maternal Use of Folic Acid and Multivitamin Supplements in the Periods Before and During Pregnancy With the Risk of Autism Spectrum Disorder in Offspring. JAMA Psychiatry. 2018;75(2):176-184.
  2. Suren P, Roth C, Bresnahan M, et al. Association between maternal use of folic acid supplements and risk of autism spectrum disorders in children. JAMA. 2013;309(6):570-577.
  3. Virk J, Liew Z, Olsen J, Nohr EA, Catov JM, Ritz B. Preconceptional and prenatal supplementary folic acid and multivitamin intake and autism spectrum disorders. Autism. 2016;20(6):710-718.
  4. Strom M, Granstrom C, Lyall K, Ascherio A, Olsen SF. Research Letter: Folic acid supplementation and intake of folate in pregnancy in relation to offspring risk of autism spectrum disorder. Psychol Med. 2018;48(6):1048-1054.
  5. Feng Y, Wang S, Chen R, Tong X, Wu Z, Mo X. Maternal folic acid supplementation and the risk of congenital heart defects in offspring: a meta-analysis of epidemiological observational studies. Sci Rep. 2015;5:8506.
  6. Force USPST, Bibbins-Domingo K, Grossman DC, et al. Folic Acid Supplementation for the Prevention of Neural Tube Defects: US Preventive Services Task Force Recommendation Statement. JAMA. 2017;317(2):183-189.
  7. Bi WG, Nuyt AM, Weiler H, Leduc L, Santamaria C, Wei SQ. Association Between Vitamin D Supplementation During Pregnancy and Offspring Growth, Morbidity, and Mortality: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Pediatr. 2018;172(7):635-645.
  8. 中林正雄. 妊娠中毒症の栄養管理指針. 日産婦雑誌. 1999;51:N507-510.
  9. 厚生労働省. 妊産婦のための食生活指針「健やか親子21」推進検討会報告書. 2006.
  10. 厚生労働省. 日本人の食事摂取算定基準(2015 年版). 2015.
  11. Garner CD. Nutritoin in Pregnancy. UpToDate 2019; https://www.uptodate.com/contents/nutrition-in-pregnancy.

 

1件のコメント 追加

  1. saki より:

    葉酸が大事なのは分かりましたが、ビタミンB郡をバランスよく摂取しなければ、いくら葉酸を多く摂ってもあまり意味はないですよね?

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