中位投票者定理(Median voter theorem)

医療政策に関する政治学の4つの基本的なセオリーのうち、最後になるのがが中位投票者定理(Median voter theorem)です。まずは定義をはっきりさせることからはじめましょう。

中位投票者定理

ある一定の条件の下では中位投票者にとっての最適点、すなわち中位投票者に最も好まれる選択肢が多数決投票の結果均衡点となり、社会的に選択される。

これも英語の表現の方がシンプルで日本語にするととても難しい概念であるかのように聞こえるものの一つです。中位投票者(Median voter)とは、各投票者の選好(好み)に基づいた各人の最適な点を一直線に並べたときに中央値(Median)となるような投票者のことです。中央値とは、ちょうど50%がそれ以上、50%がそれ以下になるような値のことですので、中位投票者とはすなわち、右から数えても左から数えても同じ順番となる最適点を持つ投票者のことです。下の図ではMの地点にいる投票者が中位投票者になります。

Median_voter_model

この図では、Lを左寄りの政治思想(リベラル)、Rを右寄りの政治思想(保守派)としています。両極端から順番に人を並べていくと、このような分布になるとします。前述のようにMは中位投票者を表します。赤色の部分はもうすでに(もしくははじめから)左派の政党に投票をすることを決めた人達(英語では”captured”と表現します)、そして青色の部分はすでに右派の政党に投票することを決めた人達であるとします。多数決投票では半分以上の票を得る必要があるため、左派も右派も両端から順番に票を獲得していき、中位投票者(M)の票を得た政党が選挙で勝利することになります。各政党の戦略としては、はじめは対立候補とのコントラストを際立たせることで支持層の票を確実に獲得していきますが、選挙の後半になるにつれ、中位投票者Mの票を得ようとするため、政策的アピールが相手の政党に似たものに収束していくと考えられます。ちなみに中位投票者定理が成り立つには下記のようないくつかの条件が必要です。

  1. 政策を一列に並べることができる(政策の次元が一次元であり、争点が二つ以上存在していない)
  2. 投票者の選好は単峰型である(ピークが一つしかない)
  3. 投票者はきちんと投票する(棄権しない)

日本の政党だとイメージしにくいので、アメリカの政党を例にしてご説明します。日本の二大政党である自民党と民主党は政治思想が近いのですが、アメリカの二大政党である民主党と共和党はきれいな対立軸を描いています。アメリカではPolarization(両極化)という言葉で表現されるのですが、アメリカ自体がこの2つの考え方によって真っ二つに分かれており、そして両者の間の考えの違いはどんどん広がって行っていると言われています。民主党はリベラル、革新派、平等な社会と大きな政府を目指しています。一方で、共和党は「古き良きアメリカ」を好み、保守的で、自由および自由市場、小さな政府を目指しています。とても強く民主党寄りの人は誰が何と言おうと選挙では民主党の代表に票を入れます。そして、極端に共和党寄りの人は何があろうと共和党の政治家に投票します。2012年のアメリカ大統領選挙では、民主党のオバマ大統領に、共和党のロムニー候補が挑む形になりました。選挙戦の前半には両党はそれぞれの支持層が喜ぶような政策を提案し、確実に取れる票を確保していきました。しかし、選挙戦も終盤にさしかかり、大統領戦最終討論のころになると、両者の意見はだんだんと近いものに収束していきました(ロムニー候補は選挙後半になると、中間所得層が大事であり、大統領になったら独自の医療保険制度を導入すると言い始めました。これはオバマ陣営の考え方に歩み寄ったと解釈することもできます。)。これは両陣営が戦略として、「中位投票者」を取り込むことを意識しており、だんだんと極端な政治思想をアピールすることを避けるようになっていったからであると考えられます。

日本では自民党と民主党の政治思想が近いために差が分かりにくいのですが、はじめから中位投票者にフォーカスしていると言うことができるのかもしれません。もしそうだとすると、両党のマニフェストの違いが一見分かりにくいことも説明することができます。一方で、投票者からすると政党間の政治思想が近いため意思表示するための「選択肢がない」と感じてしまうという側面もあるかもしれません。

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