「収入の格差」が健康に悪いのか?それとも「貧困」が悪いのか?

前回のブログで格差(富裕層と貧困層の間の収入の差が大きいこと)が地域の住民の健康に悪影響を与えるというエビデンス、そして今考えらえているメカニズムをご紹介しました。これに関連して最近話題になったのは、格差が健康に悪影響を与えるのか、それとも貧困そのものが健康に悪影響を与えるのか、ということです。そのきっかけとなったのが、2016年4月にスタンフォード大学の経済学者Raj Chettyとハーバード大学の医療経済学者David Cutlerが、権威ある医学雑誌であるJAMA(米国医師会雑誌)に発表した研究結果でした(Chetty, 2016)。

Chettyらは1999~2014年の全アメリカ人の連邦税の記録(日本で言うところの確定申告の個人データです)、延べ14億人分の用いた研究を行いました。個人の収入を直接測定しているデータは少ないため、それまでの研究では、居住地の郵便番号から収入を推定したり、アンケート調査による自己申告の収入のデータを用いていることが多く、データの信頼性に問題がありました。この研究は納税記録ですので、今までで最も信頼性の高い収入データであると考えられています。Chettyらはこのデータを地域レベルで集計して、収入や格差が寿命(実際には、人種構成で補正した40歳時平均余命を用いました、本稿では「寿命」と表現します)にどのような影響を与えるのか研究しました。ちなみに、この研究では全て地域レベルの関係性を見ていますので、個人の寿命ではなくて「その地域の平均寿命」がアウトカムであることに注意してください。

1.お金持を持っている人の方が長生きである。

この研究の結果、収入が少ない人の寿命は短く、収入が多い人の寿命は長いということが明らかになりました。収入上位1%の人は下位1%の人と比べると、男性では約15年も、女性では約10年も、収入が高い人の方が寿命が長いことが分かりました(図1)。さらにはそのギャップは時代とともに広がっていることが分かりました。裕福な人は貧しい人よりも良い暮らしができるだけではなく、より長い時間その暮らしを謳歌することができることが分かりました。

図1.収入と寿命の関係

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(出典:Chetty, 2016を一部改変)

2.貧しい人は、格差の大きい(=お金持ちのたくさん住んでいる)地域に住んでいる方が長生きできる

格差の大きい都市の代表としてニューヨークとサンフランシスコ、そして格差の小さい都市の代表としてダラスとデトロイト(それぞれの都市のGini係数は表1に示します)の4つの都市のデータを抽出し、収入と寿命の関係を図示すると図2のようになりました。図2の横軸は収入(それぞれのグループに含まれる人数が同じようになるように20個のグループに分けたもの [20分位])、縦軸は寿命を表しています。お金持ち(グラフの右側)であればどの都市に住んでいても寿命はほとんど変わりません。しかし、貧困層(グラフの左側)に限って言うと、格差の大きい(=お金持ちがたくさん住んでいる)ニューヨーク・サンフランシスコに住んでいる人の方が、格差の小さいダラス・デトロイトに住んでいる人よりも寿命が長いという結果が得られました。

表1.都市ごとのGini係数

都市名 Gini係数
ニューヨーク(ニューヨーク州) 0.52
サンフランシスコ(カリフォルニア州) 0.47
ダラス(テキサス州) 0.42
デトロイト(ミシガン州) 0.35

※Chetty, 2016のデータから筆者が計算。データに含まれる郡(County)のデータの単純平均を取っているため実際の値とは異なる可能性がある。

図2.4つの都市の比較

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(出典:Chetty, 2016を一部改変)

3.格差は富裕層の健康にのみ悪影響がある

Chettyらはさらに地域ごとの特徴と、その地域の寿命の相関も評価しました。その結果、貧困層の寿命が短い一番の原因は、喫煙、肥満、運動不足といった「健康行動」であることが分かりました。その一方で、地域の医療へのアクセス、空気汚染、社会のつながり(Social cohesion)、労働市場の状況などは、地域住民の寿命との(統計学的に有意な)相関は認められませんでした。

ここで興味深いのが地域の収入の格差(Gini係数)と寿命の関係です。図3は収入下位25%の貧困層のデータです。横軸は相関係数(ピアソンの相関係数)を表しているので、右に行くほど正の相関があり、左に行くほど負の相関があることを意味しています。ここでGini係数を見ると、正の相関(相関係数0.20、P=0.11)であり、統計学的に有意ではないものの、Gini係数が大きいほど、貧困者の寿命は長いことを示唆しています。これは、収入の格差が大きい地域(お金持ちがたくさん住んでいる地域)に住んでいる貧困層の方が長生きできるのかもしれないという可能性を示唆しています。

次に、収入上位25%の富裕層を見てみましょう(図4)。今度は逆に、Gini係数と寿命の間には統計学的に有意な負の相関(相関係数-0.37、P<0.001)があります。つまり、Gini係数が大きいほど(格差が大きいほど)、富裕層の寿命は短いことが分かります。つまり、格差の大きな地域だと、富裕層は短命になってしまうということを意味しています。

図3.地域の特徴と寿命との相関:貧困層(収入下位25%)

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図4.地域の特徴と寿命との相関:富裕層(収入上位25%)

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まとめると、格差は地域の全住民に画一的な影響を与えるのではなく、富裕層の健康にとってのみマイナスの影響があるということが分かりました。ここで注意が必要なのは、格差が貧困者の健康にとって「良い」わけではないということです。ニューヨークやサンフランシスコのように多くのお金持ちがいる地域の方が税収も十分集まり、それを貧困者向けの住居や生活保護などのセイフティ―ネットに用いることができるため、それが貧困者の健康に好影響を与えると考えられます。つまり、格差そのものが貧困者の健康に良い影響を与えているのではなく、同じ地域にお金持ちがたくさんいることがその地域に住む貧困者の健康に良い影響を与えていると考えられます。

Chettyらの研究は、その他の因子(地域レベルの交絡因子)で補正していないことや、個人レベルのデータを使っていないので個人の健康への影響は検証することができない(このような研究デザインのことをEcological studyと呼びます)という問題があります。それでも、現時点で考えうる最も信頼性の高いデータを使っていると考えられています。

Chettyらの研究結果はそれ以前の研究結果とも矛盾しません。例えば、東京大学の渋谷健司先生や橋本英樹先生が、日本のデータを用いて行った研究では、収入の格差(Gini係数)よりも、個々人の収入のレベルの方がより健康に強い影響があるという結果が得られました(Shibuya, Hashimoto, Yano, 2002)。また、東京大学の近藤尚己先生たちがスウェーデンの国民全員のデータを解析した研究では、相対的はく奪は貧困層の健康にはそれほど悪影響はないものの、中間~富裕層の健康には悪影響があることが明らかになりました(Yngwe, 2012)。

格差が大きいことは良いことではありません。周りにすごく裕福な人たちがいたらみじめな気持ちになるかもしれませんし、自分は不幸であると感じるかもしれません。人間ですのでそれは仕方ないと思います。しかし、裕福な人が税金を納めてくれないと社会のセイフティ―ネットを整備することができないという観点も忘れてはいけないのだと思います。格差(収入の不平等)と貧困はしばしば混同して扱われますが、どちらの問題なのかきちんと区別して議論する必要があります。格差は上位1%と下位1%の両方(収入の分布の両端)の問題であり、貧困は下位1%だけ(収入分布の片端)の問題です。これらの研究結果から分かることは、「お金持ちを減らす形で格差を減らす」というのでは誰も幸せにはならないということです。格差自体が問題なのではなく貧困が問題であるため、格差に目くじらを立てて富裕層と貧困層の対立構造を作るよりも、貧困層をいかに社会全体でサポートして引き上げていくのかを皆で一緒に考えていくのが良いということではないでしょうか。そのためには富裕層の理解とサポートももちろん必要になってくるのだと思います。

謝辞:このブログ記事を書くにあたって、東京大学の橋本英樹先生、近藤尚己先生にアドバイスをいただきました。ありがとうございました。

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