トランプは「オバマケアの一部維持を検討している」のではなく、撤廃できないのである

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(写真:Gage Skidmoreクリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

トランプはオバマケアを「一部維持する」のではなく、「一部維持せざるを得ない」

トランプが大統領に決まったことで、今一番注目されているのはオバマケアの行方だと思います。トランプは大統領選挙期間中も、ことあるごとにオバマケアを撤廃することを主張してきました。しかし、選挙3日後にはさらっと立場を翻して、オバマケアのうち既往症による保険加入の拒否近視や26歳までの子どもを両親が加入する保険対象に含める措置など、オバマケアのうち一部を維持することを検討していることを明らかにしました。しかし、状況を冷静に見てみると、トランプが今回維持すると表明したオバマケアの条項は、実はトランプが大統領になってもそもそも民主党議員の協力なしには変えることのできなかった部分なのです。つまり、トランプは「政治的に妥協した」というイメージが付くよりも、「自分で考え直した」という風に思われた方が強いリーダーのイメージを維持できるため、早い段階で軌道修正してきているのだと考えられます。

トランプが大統領になってもできることとできないことがあります。「できないこと」の代表が、新しい法案を自分の意志で通すことです。例え共和党議員の支持が得られたとしても、共和党は上院の議席の2/3である60議席(60議席のことを”Filibuster-proof majority”と呼びます。Filibusterとは議事妨害のことですので、60議席あれば議事妨害を防ぐことができるという意味合いです)を確保していないため、強行採決はできません(詳細は前回のブログをご参照ください)。民主党議員が反対すれば、時間切れに持ち込まれて廃案になってしまうことは必至です。大統領には拒否権があるので、上下院を通ってきた法案を突き返すことはできます。しかし、大統領が提案した法案を上下院を通す権限は無いのです。

逆に、トランプ次期大統領が「できること」として、最高裁判事や政府高官の指名があります。最高裁判事は保守派とリベラル派が半々であったため、この影響で大きく保守派に舵を切ることになると予想されます。各省庁のトップはトランプに指名権があるため、医療政策の要である保健福祉省(日本の厚労省に相当する)や財務省の長官などはトランプが選ぶことになります。医療政策における彼らの影響力は巨大なので、トランプはこのように人事を通じて間接的に影響力を発揮していくことになると考えられます。

制度変更され、ちぐはぐな制度になったら一番困るのは保険会社

財政調整(詳しくは前回のブログ)で中途半端にオバマケアに変更が加えられると、一番困るのは実は保険会社なのです。個人は健康保険を加入しなくても罰金が発生しなくなる一方で、保険会社は既往症があることで保険の加入を拒否したり、保険料を高く設定することができないままになります。そうなると、多くの人は、健康なうちは保険に入らずに、病気が診断されてから保険に入るようになります。その結果、保険に入っている人は病気を持っていて医療費を多く使う人ばかりになり、保険料は高騰し、誰もそのような高額な保険に加入する人はいなくなり、最終的には保険市場自体が消滅してしまいます。雇用者を通じて健康保険に加入している人は今まで通り保険に加入できるものの、中小企業や自営業の人で個人で保険に加入しようとする人は、個人向けの健康保険の市場が消滅してしまっているため、購入する保険プラン自体が無いという状況になりかねないのです。

このように、トランプが中途半端に制度変更すると、保険会社はオバマケアのうち自分達にとって不利な部分だけを押し付けられる形になります。保険会社から大反発を受けたり、現場が混乱して支持率が下がることを政権を取ったばかりのトランプが望んでいるとは思えません。そのため、トランプがオバマケアに大改革を加えることなく、小幅な変更にとどめて、名前を「トランプケア」と変えて継続するという可能性もあると思われます。現にオバマケアのうち一部を維持すると早々に軌道修正をしはじめたトランプは、この戦略を選択している印象も受けます。

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