新型コロナ流行下の日本人の不安・抑うつの危険因子が明らかに

(写真:Denkrahm/クリエイティブ・コモンズ表示 2.0一般

本論文はプレプリントであり、著者ら以外の専門家からの科学的検討(査読)はまだ受けておりません。しかし、政策上重要なテーマであるため、速報性を重視するために公開しております。

新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)は世界中で拡大を続け、1億人以上の感染者と200万人以上の死者 (2021年2月19日現在)を記録しています。

新型コロナの感染拡大を予防する目的でロックダウンが行われることで経済活動が停滞し、それによって経済状況が悪化して不安や抑うつを感じている人が増えているのではないかと危惧されています。また、新型コロナそのものに対する不安や、ソーシャル・ディスタンスによって人と人との社会的な繋がりが減少し孤独になることで、不安・抑うつを経験している人が増えている可能性もあります。

新型コロナ流行後の不安・抑うつは、世界中で共通して女性や若年者に多いということが知られています。さらに日本では2020年秋以降、例年と比較して若年女性の自殺者が増加していることが報告されています。メディアではその理由として、非正規雇用が多い若年女性が、新型コロナによる景気悪化の影響を大きく受けているのではないかという憶測が報道されていますが、実はこれに関して調査は行われておらずほとんど分かっていません(今回の私達の研究結果はこの憶測が正しくないことを示唆していました。詳しくは下記をご参照ください)。

新型コロナの感染者数を抑えることで国民の健康を守るのと同じくらい、新型コロナおよびその対策によるストレスで不安・抑うつになり、その結果として自殺してしまう人を減らすことは政策上重要な課題です。データがないため自殺した人の原因を直接評価することはできませんが、その上流にある不安・抑うつの原因であれば評価することが可能です。

そこで今回、私達の研究チーム*は、新型コロナ流行後の日本の一般人口と若年女性の不安・抑うつに寄与する危険因子を明らかにするため、2020年8月末〜9月末に実施された大規模インターネット調査のデータ解析を行いました。

*吉岡貴史 (福島県立医科大学)、大久保亮 (国立精神・神経医療研究センター)、田淵貴大 (大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部)、尾谷仁美 (大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部)、篠崎智大 (東京理科大学工学部情報工学科)、津川友介(カリフォルニア大学ロサンゼルス校[UCLA]) によって構成される共同研究チーム。

不安・抑うつに関する重要なリスク因子である年齢・性別・社会経済状態・介護者がいるかどうか・ドメスティックバイオレンスを受けた経験・居住都道府県 (緊急事態宣言/特別警戒都道府県かどうか)・新型コロナの恐怖を感じているかどうか・新型コロナに関する差別/偏見を受けた経験と、調査回答時に不安・抑うつを来していた人の割合との関連を調べました。

生活習慣 (飲酒・喫煙)と持病などの健康状態の影響を同時に評価した上で解析したところ、日本の一般人口では女性、15-44歳の若年層、低所得層と高所得層、自営業、介護者の存在、ドメスティックバイオレンスの経験、新型コロナへの恐怖が重要な危険因子だとわかりました。(表1)

表1 日本の一般人口を対象とした解析

因子  調整オッズ比(95% 信頼区間)P
女性  1.59(1.17–2.16)0.003
年齢 ()15–292.35(1.64–3.38)<0.001
 30–44 1.67(1.35–2.08)<0.001
45–59基準
 60–79 0.50(0.3–0.81)0.005
学歴大卒以上1.11(0.86–1.43)0.44
所得低所得層 1.70(1.16–2.49)0.007
中間所得層基準
 高所得層 1.74(1.25–2.42)0.001
回答を希望しない1.19(0.86–1.66)0.29
婚姻状況既婚 基準
未婚1.26(0.88–1.81)0.20
 離婚/死別 1.45(0.88–2.37)0.14
職業経営者1.11(0.35–3.49)0.86
 自営業 2.11(1.21–3.68)0.008
常勤会社員基準
 非常勤会社員 0.92(0.68–1.25)0.59
無職0.75(0.51–1.1)0.14
子供がいる 0.97(0.7–1.35)0.86
介護人がいる5.48(3.51–8.56)<0.001
ドメスティックバイオレンスを経験した 5.72(3.81–8.59)<0.001
緊急事態宣言/特別警戒都道府県在住1.23(0.98–1.56)0.08
新型コロナに関する恐怖がある 1.96(1.55–2.48)<0.001
新型コロナに関する差別・偏見を受けた 1.22(0.69–2.13)0.50

健康状態 (飲酒、喫煙、持病)を同時に評価した値を表示。P<0.05(太字):統計学的に有意。

これらの結果は、女性・若年は世界と共通する不安・抑うつの危険因子であることを示唆しています。さらに、新型コロナウイルスによる経済活動の停滞の影響を受けやすい低所得者と自営業、また緊急事態宣言による自粛/社会的繋がりの喪失の影響を受けやすい介護負担感の増加やドメスティックバイオレンス、そして新型コロナそのものへの恐怖が重要な不安・抑うつの危険因子であること示しています。

この解析では低所得者だけではなく高所得者も不安・抑うつの危険因子でした。これは、経済活動の停滞が長引くことで不安・抑うつが高所得者にまで及んでいる可能性が考えられます。

日本で自殺者が増加している15-29歳の若年女性においては、介護者の存在 、ドメスティックバイオレンスの経験、新型コロナへの恐怖、新型コロナに関連する差別/偏見の経験が不安や抑うつの重要な危険因子だとわかりました。(表2)一方で、経済状況(所得水準や雇用体系)や孤独(婚姻状況)などは主な原因ではないという結果でした。

表2 15-29歳の若年女性を対象とした解析

因子 調整 オッズ比(95% 信頼区間)P
年齢 (歳)15-19 1.12(0.59–2.12)0.74
学歴大卒以上0.83(0.50–1.39)0.48
所得低所得層 1.31(0.71–2.42)0.39
中間所得層基準
 高所得層 1.31(0.63–2.74)0.47
回答を希望しない0.78(0.38–1.61)0.51
婚姻状況既婚 基準
未婚1.31(0.71–2.44)0.39
 離婚/死別 0.68(0.17–2.75)0.59
職業経営者1.29(0.44–3.77)0.65
 自営業 0.62(0.12–3.22)0.57
常勤会社員基準
 非常勤会社員 0.87(0.45–1.67)0.67
無職0.81(0.44–1.49)0.49
子供がいる 0.77(0.41–1.45)0.42
介護人がいる4.05(1.69–9.75)0.002
ドメスティックバイオレンスを経験した 3.44 (1.94–6.11)<0.001
緊急事態宣言/特別警戒都道府県在住1.09(0.75–1.59)0.64
新型コロナに関する恐怖がある 1.94 (1.30–2.89)0.001
新型コロナに関する差別・偏見を受けた 2.42(1.31–4.50)0.005

健康状態 (飲酒、喫煙、持病)を同時に評価した値を表示。P<0.05(太字):統計学的に有意。

この結果は、若年女性に関しては経済活動の停滞よりも、社会的繋がりの喪失や差別/偏見の経験の方が不安・抑うつに強く影響している可能性を示唆しています。

波及効果、今後の予定

本研究は、日本全国の大規模なデータを用いて、新型コロナ流行後の日本の一般人口と、実際に自殺が増加している若年女性の不安・抑うつの危険因子を明らかにしました。一般人口の解析では、世界中で報告されている若年と女性のみならず、経済活動停滞の影響を受けやすい低所得者/自営業、社会的繋がり喪失の影響の色濃い介護者の存在/ドメスティックバイオレンスの経験/新型コロナの恐怖が危険因子であった一方、若年女性では社会的孤立に関連する因子に加え、新型コロナに関連する差別/偏見を受けた経験が重要な危険因子でした。

このことは、新型コロナ流行による自殺予防にとって、性別・年齢に応じた政策立案の重要性を示唆しています。これまで行われた全世帯を対象にした給付金や自営業を対象にした家賃支援給付金のみならず、若年女性の自殺を未然に防ぐための介護サポートの一層の充実やドメスティックバイオレンス・差別偏見予防の徹底などが求められます。今後の研究では、今回明らかになった危険要因の詳細 (だれから受けたドメスティックバイオレンスが問題であったか)や、不安・抑うつ以外にも重要な自殺の危険因子である希死念慮 (死んでしまいたいと思うこと)に関しても同様の解析を行い、新型コロナ流行後の自殺予防政策に必要な知見を明らかにする予定です。

本研究の限界点

本研究の限界としては、① 自殺そのものの規定因子を評価したものではなく、その上流にあるSPD*の規定因子を評価したものであること、②8月から9月にかけておこなわれた調査をもとにした分析なので、この時点以外では同様の危険因子かどうかは不明、③ シンプルな質問をもとにした調査なので、リスク因子の中の詳細な情報 (例えば具体的にどのような差別偏見を受けたかなど)がわからない、④ インターネット調査を元にした解析なので、インターネットを普段使用しない人たちに対して同様の結果が得られるかどうかはわからない、ということが挙げられます。

*自殺のうちの何割くらいがSPDによるものだと考えることができるのでしょうか?SPDを広義の精神疾患罹患(K6は統合失調症などの精神病はカバーしていないという批判もあります)ととらえると、自殺既遂に対する精神疾患の寄与割合は47~74%という報告があります。より狭義の(直接的な)定義を使用すると寄与割合は約11%という研究結果があります。いずれにしてもSPDが自殺の重要な規定因子であることは間違いありません。

本成果は、3月1日付けで、プレプリントサーバーmedRxivに公開されています(査読前原稿)。

<研究者のコメント>

今回の研究では、日本の一般人口と若年女性の、不安・抑うつの危険因子を明らかにしました。また、これら2つの集団で、不安・抑うつの危険因子が異なることも明らかになりました。

これまで若年女性に関しては、男性と比較して雇用形態が異なる (非正規雇用が多い)ため、経済的影響が不安・抑うつに影響しているのではないかといわれていました。また、社会的つながりが減ることによる孤独が精神的に悪影響を及ぼしているのではないかという仮説もありました。私達の研究結果は、実はそういった経済的影響や孤独(例:既婚者の方が未婚者よりも不安・抑うつのリスクが高い)よりも、介護負担やドメスティックバイオレンス、新型コロナへの恐怖、新型コロナに関する差別/偏見を受けることの影響が大きいことを明らかにしました。

今回の研究は、日本で実際に若年女性の自殺が増加した10月の直前である8-9月に行われた調査結果を元にしており、自殺の危険因子としての不安・抑うつを強く反映していると考えられます。効果的な自殺予防政策のために、年齢・性別に応じた対策 (若年女性を対象にした介護支援政策、ドメスティックバイオレンス予防策など)を講じる必要があると考えます。

1.背景

新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)は世界中で拡大を続け、1億人以上の感染者と200万人以上の死者 (2021年2月19日現在)を記録しています。日本でも感染は拡大し、感染者は42万人以上、死者は7000人以上にのぼります。

新型コロナ感染者の増加は世界中で医療体制の圧迫、経済活動の停滞、社会的格差の拡大を引き起こし、世界中で自殺者が増加しています。新型コロナに関する自殺を未然に防ぐため、自殺に強く関連する不安・抑うつの危険因子を明らかにすることが重要です。これまで日本の一般人口と、自殺が増加しつつある若年女性における不安・抑うつの危険因子は十分にわかっていませんでした。

今回、日本の自殺予防政策にとって重要な、不安・抑うつの危険因子を① 日本の一般人口、② 若年女性の2つに分けて解析を行いました。

2.研究手法・成果

解析の対象となる日本の一般人口、若年女性とも、様々な背景をもった集団です。これら多様な背景を全て含んだ上で、どの因子が不安・抑うつに寄与するかということを評価することが危険因子の特定には必要です。そこで、私達は新型コロナの不安・抑うつの危険因子候補として重要だと考えられる因子 (年齢・性別・社会経済状態・介護者がいるかどうか・ドメスティックバイオレンスを受けた経験・居住都道府県 [緊急事態宣言/特別警戒都道府県かどうか]・新型コロナの恐怖を感じているかどうか・新型コロナに関する差別/偏見を受けた経験)に加えて飲酒・喫煙・持病を同時に統計モデルに加え、統計的に有意な危険因子を探すという手法をとりました。

その結果、日本の一般人口では女性 (オッズ比: 1.59 [vs 男性])、15-29歳と30-44歳の若年層 (オッズ比: 15-29歳, 2.35; 30-44歳, 1.67 [vs 45-59歳])、低所得層と高所得層 (オッズ比: 低所得層, 1.70; 高所得層, 1.74 [vs 中間所得層])、自営業 (オッズ比: 2.11 [vs 常勤会社員])、介護者の存在 (オッズ比: 5.48 [vs 介護者なし])、ドメスティックバイオレンスの経験 (オッズ比: 5.72 [vs 経験なし])、新型コロナの恐怖 (オッズ比: 1.96 [vs 恐怖なし])が重要な危険因子だと明らかになりました。

一方、日本で実際に自殺者が増加している15-29歳の若年女性においては、介護者の存在 (オッズ比: 4.05 [vs 介護者なし])、ドメスティックバイオレンスの経験 (オッズ比: 3.44 [vs 経験なし])、新型コロナの恐怖 (オッズ比: 1.94 [vs 恐怖なし])、新型コロナに関連する差別/偏見の経験 (オッズ比: 2.42 [vs 経験なし])が重要な危険因子だと明らかになりました。

3.研究プロジェクトについて

本研究は、福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 吉岡貴史、国立精神・神経医療研究センター 大久保亮、大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部 田淵貴大、大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部 尾谷仁美、東京理科大学工学部情報工学科 篠崎智大、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) 津川友介の共同研究であり、The Japan “新型コロナ and Society” Internet Survey (JACSIS) 研究(研究代表者:田淵貴大 [大阪国際がんセンター])のデータを分析しました。

2020年8月末〜9月末にかけてインターネット調査会社を通じて行われたアンケート形式の質問表調査を用いています。この調査では、人口分布を考慮して全国からランダムに選ばれた15-79歳の28000人に対し、調査時点での不安・抑うつの有無を性・年齢・社会経済状態・健康状態 (飲酒、喫煙、持病)・介護・緊急事態宣言/特別警戒都道府県・ドメスティックバイオレンスの経験・新型コロナへの恐怖・新型コロナに関する差別/偏見の経験と共に収集しています。

<論文タイトルと著者>

タイトル:Factors Associated with Serious Psychological Distress during the COVID-19 Pandemic in Japan(日本における新型コロナウイルスパンデミック時の不安・抑うつに関連する因子)

著  者:Takashi Yoshioka, Ryo Okubo, Takahiro Tabuchi, Satomi Odani, Tomohiro Shinozaki, Yusuke Tsugawa.

プリプリントサイト: MedRxiv  

リンク:https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.02.27.21252458v1

吉岡 貴史(よしおか たかし)

福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 助教

E-mail: yoshioka.takashi.52a@kyoto-u.jp

田淵 貴大(たぶち たかひろ)

大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部・副部長

E-mail: tabuti-ta@mc.pref.osaka.jp

訂正 (2021年3月6日) : 表1, 2の婚姻状況の分類に一部誤りがありました。既婚と未婚のラベルが逆になっていました。お詫びして訂正いたします。プレプリント論文では正しく記載しています。

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