国の医療費上昇の一番の原因は「医療技術の進歩」

先進国の多くでは医療費が高騰しており、国の財政を圧迫していることが問題となっています。日本においても総医療費は2011年の段階で約38兆円に達しており、日本の公債金収入(特例公債、建設公債などによる歳入)を除く歳入がおよそ50兆円であることを考慮すると医療費は我々が直面している大きな問題の一つであると言わざるをえません。ちなみにこのデータを見ると総医療費が国の歳入の大半を占めているかのような印象を受けますがそうではありません。総医療費のうち一般財源によって賄われているのはおよそ15兆円であり(医療費の内訳は保険料49%、公費38%、患者負担12%)、医療費の主な財源は保険料ですので、実際に国の一般財源(公債金収入を除く)に占める割合は3割ほどです。それでも十分大きい割合ですが。

将来の国の医療費の予測モデルがどれくらい正確かに関しては議論の余地があるかと思いますが、少なくともアメリカにおける現在までの医療費高騰の原因に関しては研究されています。それらによると医療費高騰の一番の原因は「医療技術の進歩」であると言われています。高齢化は一番の原因ではありません。もちろん今までの医療費高騰の原因ですので、今後の日本の医療費高騰の要因とは一致しないかもしれません。しかし高齢化が進んでいるからと言って医療費は当然高騰するものだという理解は必ずしも正しくないと考えられています。

今回の記事は2つの論文を根拠にしています。一つ目はスミス、ニューハウス、フリーランドの3名が2009年にHealth Affairs誌に書いた論文で、医療費高騰の原因の検証に関する有名な論文です。もう一つはスタンフォード大学の医療経済学者であるヴィクター・フュークスが2012年にNew England Journal誌(最も権威のある医学雑誌の一つです)に書いた総説です。

スミス、ニューハウス、フリーランドは1960年~2007年のアメリカの医療費の推移を見て、医療費高騰の原因を検証しました。その結果は以下の通りでした。

  • 個人の所得の上昇:29~43%
  • 医療技術の進歩:27~48%(このうち27%ポイントは技術革新と所得上昇との相互作用による)
  • 人口動態の変化(主に高齢化):7%
  • 医療保険の普及:11%

この通り、医療技術の革新が医療費増加の原因のおよそ1/4~1/2を占めるのに対して、高齢化の寄与率は7%にとどまりました。もう一つ興味深い知見は、個人の収入のレベルが上昇すると医療のニーズは上がるということです。つまり医療サービスは正常財(Normal good = 所得水準が上昇すると需要も上昇するサービスのこと)であるということです。さらには、個人の所得上昇と医療技術の進歩の間に相互作用があるということです。後述のようにフュークスは医療技術の進歩と医療保険の普及の間に、そしてスミスらは医療技術の進歩と所得上昇との間に相互作用を認めました。

フュークスの総説によると、1950年以降のアメリカの医療費高騰の主な原因は以下の三つでした。

  • 新しい医療技術(そして医療の専門化)
  • 医療保険の普及
  • 人口の高齢化(0.1~0.2%ポイント/年)

この論文でフュークスは新しい医療技術の開発と、医療保険の普及が「正のフィードバック・ループ(”positive-feedback loop”)」の関係にあると表現しました。これはつまり、医療保険が普及したことにより医療サービスに対する需要が高まり、需要が高まったことで医療技術開発に対するニーズが高まってきたということです。一方で、開発された医療技術は比較的高価であるため医療保険の必要性が高まり、その結果として医療保険を持っている人の割合が増えて行ったと考えられています。一方で、高齢化の寄与率はとても小さく、0.1~0.2%ポイント/年であると推定されました。

Positive-feedback loop (Victor Fuchs)

ここで注意しなくてはならないのは、(1)これはアメリカのデータであることと、(2)医療費上昇の歴史的経緯を見たものであり今後の予測には使えないかもしれないという2点です。65歳以上の高齢者の割合はアメリカが13%なのに対して日本は22%であり(OECD平均14.4%、OECD 2008)、当然ですが日本の方が高齢化率は高いです。日本では現在までの医療費の推移において高齢化の影響はもっと大きいかもしれませんし、また将来の医療費へのインパクトという観点では今までよりも高齢化の影響が大きい可能性もあります(日本は1961年に皆保険を達成しており、医療保険の普及の影響はほとんどないと考えられます)。一方で、(アメリカ同様に)社会が高齢化しているしているからといって必ずしも医療費が増加するかどうかは分かりません。

また、高齢者が医療費がかかることと、社会の高齢化が医療費高騰の原因であることとは同義ではありません。一般的に高齢化している国では健康な高齢者が増えるため(今の50歳は50年前の50歳よりもはるかに健康です)、医療サービスを必要とする年齢が後ろにずれていっているだけであり、その場合には国の医療費へのインパクトはそれほど大きくありません。つまり、「高齢化」が医療費高騰の一因であるとするのであれば、問題は国民の寿命が延びていること(これはもちろん素晴らしいことです)ではなく、税金を納める生産可能年齢の人の数が減っている(=少子化)だということになります。「高齢化が医療費高騰の一因である」と述べるとあたかも自然の推移で仕方ないことのように聞こえるかもしれませんが、そうではなく、「国の少子化対策の遅れ」が医療費高騰の一因である、と表現した方が正確だと私は考えます。

2件のコメント 追加

  1. 辻田千鶴子 より:

    日本人も世界の医療保険医療制度を もっと知り一割が 二割三割になったと、騒がず 冷静に
    日本の医療事情を考えて、(これからの子供 孫のため)しっかりした意見を持ってほしい。その前に
    医師会も、政治家も自分達の事だけ考えないで、国民をベースに考えて欲しい。

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  2. Yusuke Tsugawa より:

    辻田千鶴子様、コメントありがとうございます。辻田様のおっしゃる通りだと思います。医療技術の進歩により、昔なら助からなかった病気も助かるようになり、それ自体はとても良いことだと思います。しかし、そのベネフィットを享受するためには、みんなで負担を分け合う必要があります。一方で、医療にお金をかけ過ぎればその分教育などには税金を使えなくなりますので、国民全体で何に税金を投入するべきなのか、「成熟した議論」が必要だと考えています。

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