ジョン・ロールズの正議―原初状態と無知のベール

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写真:Peter/クリエイティブ・コモンズ表示 2.0 一般

医療政策を理解するためには最低限の倫理学の知識も必要です。医療保険や税金の話をするときには富の再分配の話をしないわけにはいきません。そうすると、公平や平等といった倫理学のコンセプトも理解しておく必要が出てきます。今回は倫理学のお話をします。

私の所属している博士のプログラムがノーマン・ダニエルズによって教えられており、ダニエルズがジョン・ロールズの研究をしていることもあり、ロールズの話が中心になります。ロールズと言えば、1971年の“A Theory of Justice”という本が有名です。日本語では「正議論」と訳されますが、このJusticeという言葉には公正や公平という意味があり、そちらの意味の方が合っているかもしれません。ちなみに日本でも有名になったハーバード白熱教室のマイケル・サンデルはロールズの批判したことでも有名な人なのです。

ロールズが提唱したコンセプトをいくつかご紹介します。詳しいことは成書に譲るとして、これを読んで頂ければ、これらが現在の社会において問題になっている多くのことに関連があることが分かって頂けると思います。またフレームワークを理解することで社会の問題をもう少し論理的に見ることができるようになると思います。

原初状態と無知のベール

ロールズは、「原初状態」(Original position)というコンセプトを提唱し、この原初状態でみんなが話し合って決めた社会の仕組みこそ公正・公平なものであると主張しました。原初状態とは、自分たちのアイデンティティーの元となる情報に関する知識を無くされた状態のことです。つまり、自分たちの社会的階級、スキル、年齢、性別、性向、宗教的信条、どんな生活がしたいかという希望などに関する知識をすべて奪われた状態のことです。この原初状態にいることを、ロールズは「無知のベール」(Veil of ignorance)に覆われた状態と表現しました。あらゆる人がこの無知のベールに覆われた状態になり、その状態のままで(自分がどのようなグループに所属するか分からないままで)、社会のルールに関する合意形成を行います。そうすると、公正・公平に基づいたルール(正義の原理Principle of justice)を選択することが最も合理的になります(功利原理Principle of utilityよりも合理的です)。自分はひょっとしたら最も恵まれない境遇になるかもしれないと思うため、恵まれない人たちを優遇した政策を選択することになります。もちろんこれは実際にはありえないので思考実験ということになります。もし仮に自分がどのグループに所属するのかが分からなかったとしたときに選んだ選択肢が、社会にとってもっとも公正・公平な選択肢となるということです。

例えば以前のブログでもお書きしたように、生活保護の支給額が高すぎるのではないかと言うことが日本では議論になっています。年金の支給額と比べて生活保護の支給額が高いからというのがその理由の一つです。この議論をするときに、何十年間もがんばって働いてきていて、退職して今は年金で生活している人たちは、ただ貧しいと言う理由だけで自分たちの年金よりも高い額のお金をもらっているのは不公平だ、と感じるかもしれません。また、きちんと仕事があって裕福な人は、テレビなどで生活保護者がパチンコをしているというニュースなどを見て、(自分達の生活保護をもらうようになる可能性はほとんどゼロだと思っているので)生活保護を受けている人は優遇されすぎていると思うこともあると思います。しかし、もし仮に明日にでも自分が生活保護を受ける立場になるとしても同じように思うでしょうか?ビジネスマンであったとしても、実際に急激に景気が悪くなって一か月後にはリストラにあっていて、生活保護を受給している可能性はゼロではないはずです。医師や弁護士など手に職がある人は大丈夫だと思っているかもしれませんが、明日にでも交通事故に合って仕事ができなくなるかもしれません。実は全ての人が将来、生活保護を受給する可能性があるはずです。それにも関わらず、そんな自分がイメージできないため、そういった苦境にある人たちは自分たちとは違う世界に住んでいる人であると切り離して考えてしまっているのではないでしょうか?もし無知のベールに覆われた状態で考えたら、生活保護の支給額を引き下げた方が良いという考えにはならないと私は思っています。

この様に身近な問題に関しても倫理学のフレームワークは有用です。もちろんロールズの意見が必ずしも正しくありません。ただ、少なくともロールズの正議論のフレームワークで考えると生活保護の支給額は引き下げない方が良い、というスタンスを取ることができます。なんとなく生活保護をもらいすぎて不平等な感じがする。なんとなく生活保護の人がかわいそうだからそれなりの額をあげた方が良いと思う。といった感情論から一歩進んで、公平性というロジックをもとに物事を判断して、自分たちの立ち位置を決めることができるということは、政策を決めるにあたっては重要なスキルなのではないかと私は考えています。

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