いつからメディアは「健康情報を食い物にする」ようになったのだろうか?

51-XkIgmg4L

私が子どもだった頃には、各家庭に「家庭の医学」という分厚い本が一冊あり、体調が悪くなったときにはそれを辞典のようにひいていた。医療や健康に関する情報の量は少なかったが、良質な情報があった。それから30年経ち色々なことが変わったが、そのうちの一つが健康情報の氾濫である。しかも質の低いデタラメな内容の健康情報が世の中に溢れかえっている。いつからデタラメな健康情報を売りさばくことが一大ビジネスになってしまったのだろうか?

私がこの本の著者である朽木誠一郎さんにはじめて会ったのは2017年の夏である。

某大学で因果関係か相関関係かを見分ける方法(因果推論)に関する一般向けの講演をしていた帰りに、「原因と結果の経済学」の敏腕編集者であるK村さんから「取材の依頼が来ているのですが…」と切り出された。ごく限られた一時帰国中であることもあり、予定がかなり詰まっていたため、ちょっと難しいかなと思いながら彼の話を聞いていた。「朽木誠一郎さんという方です。」と聞き、その場で私は取材を受けたいと伝えた。

朽木さんのことはツイッターで前から知っていた。WELQ問題を一番はじめに見つけ、社会問題であるということを明らかにした人である。それ以上に特徴的なのが、医学部出身でプロの記者をやっているということである。

私はアメリカで研究者をしているが、論文が出るとしばしば新聞記者から取材を受ける。ニューヨークタイムス、ワシントンポスト、ガーディアンなどアメリカやイギリスの大手のほとんどから取材を受けたことがある。取材をするのは常に医療を専門にしている記者である。論文をきっちり読み込んでいる人も多く、週末にも「あの論文のオッズ比のところなんだけど、この解釈で当たっていますか?」と携帯電話に電話がかかってくることもある。記事の内容も切れ味鋭く、いつも感銘を受けている。しかし医学部出身の記者には会ったことがなかった。

私は医療や健康の記事を書くのに、医療の専門資格(医師や看護師)を持っている必要はないと思っている。現場で患者さんを診たことがなくたって、しっかり勉強して論文を読み込めば質の高い記事を書くことができると考えているからである。医療従事者になってしまうことで、逆に患者さん側の視点が失われてしまうこともあるかもしれない。アメリカで医療を専門とする(医療の専門視覚を持っていない)複数の記者と一緒に仕事をしてからその考えは確信に変わった。

それでもやはり医学部出身であることでメリットはあるだろう。医学的に複雑な難しい話もできるからである。朽木さんはそんな世界でも珍しい医学部出身のジャーナリストである。

文章を書く人の中には感覚的に書く人もいると思うが、実際に朽木さんに取材してもらい、話していて印象的だったのは、とても「左脳的」であるということである。複雑な物事を理解できる範囲まで分解して説明しようとする人だし、「なぜ」の根っこのところまで掘り下げることができる人だと思った。医学で病気の原因を理解するプロセスに近いかもしれない。朽木さんの文章の書き方には、医学部で学んだことが生かされている気がした。

その朽木さんが本を出した。「健康を食い物にするメディアたち」(ディスカバートェンティワン社)という名前の本である。アマゾンの医学のカテゴリーで1位になっている話題の一冊だ。この本は、朽木さんが色々な人に取材を重ねながら、なぜ日本では間違った健康情報がこれほどまでに幅を利かせており、それによって病気の人や患者さんの家族たちが「迷子」になっているのかを解き明かした(もしくは解き明かそうとした)意欲的な一冊である。

WELQ問題がどのようなことが発端で見つかったのか、その後どのような経緯を受けて経営陣が謝罪会見をするに至ったのか。その時に、第一通報者である朽木さんは何を考えていたのか。それらが鮮やかに描かれている。

また、どのようにしたら医療や健康に関するデマに惑わされなくなるのか。どうやったら医療の専門家でなくても(医師が書く本の多くは医学知識を求める傾向があるため、これは朽木さんならではの視点である)、正しい情報と間違っている情報を見分けることができるようになるのか。これらに関しても具体的な処方箋が提示されている。

単に内容が面白いだけでなく、医療従事者である私が読んでも気づかされる点が多い本だった。多くの人は一生健康のままではいられない。ほとんどの人はどこかのタイミングで医療や健康の情報を探す必要がでてくるだろう。この本は、私達のような医療従事者はもちろんのこと、将来このような医療や健康に関する情報が必要になる全ての人に読んでもらいたい一冊だと思った。日経新聞で山本貴光さんがこの本を「知の予防接種」と表現しているが、言いえて妙だと思った。健康に関するデマに騙される前に、多くの人にこの本で予防接種しておいて頂きたいものだ。

この本を読んで「では実際にはどこに正しい健康情報があるの?」と思われた方は、私の新著「世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事」(東洋経済新報社)も手に取って頂きたい。ちまたにあふれる食事に関する情報も玉石混交で、迷子になっている人も多いだろう。一つ一つ正しい情報を取捨選択する時間が無い方のために、食事に関する科学的研究の内容、そして何を食べていれば本当に健康になれるのかを一冊の本にまとめた。朽木さんの本とセットで読んで頂けると幸いである。

コメントを残す